みんみん、じわじわ、かなかな。ゲゲゲの森は今日も今日とて夏を謳歌する蝉たちの綺麗なハーモニー、とは言いがたい不協和音が響いている。あぁ今年も暑い暑い。妖怪すらも弱るほどに太陽の光は容赦なく肌を突き刺す。最近ではよく「肌を焼くとシミになる」なんて女性妖怪たちが嘆く始末だ。
「鬼太郎や、水を追加してくれんかの?」
「はい、父さん。」
どんな劣悪な環境にも耐えうる肉体を持つ幽霊族でも、この暑さは少々厳しいものがある。目玉の親父はここ数日ずっと水風呂に使っているのだ。鬼太郎は鬼太郎でバケツに水を汲み、足湯ならぬ足水で暑さを凌いでいる。一時的にしか効果のない、けれどあるだけマシな暑さ対策。
ぬるくなった水を捨て、椀に新たな水を注いだ鬼太郎は、ふと部屋の隅に置かれているそれに目をやった。白くて丸くて、けれどシュッとしたフォルム。粗大ごみ置き場に捨ててあったそんなに古いものではない扇風機である。
「父さん、新しい水を汲んできますね。」
「おぉ、頼んだぞ。」
連日の暑さに耐えかねて拾ってきたはいいが、肝心の電気がなかったので使えず放置されておよそ二日。無駄なことをしたと後悔せずにはいられない。莫大なエネルギーを使う体内電気でしか動かせないのだ、あれは。
バケツを手にはしごを降りる。きらきらと太陽の光を反射する池の水は、どういうわけか熱されることもなく冷たいままだ。これほどありがたいことはない。たっぷりと汲めるだけ水を汲んで家へ戻ろうと足をかけたところで、鬼太郎はふと動きを止める。ふらふらと近付く気配がしたからだ。
暫くすれば森の木陰からふらふらと、見慣れたマントの色がこちらへ近付いてくる。
「おおーい、鬼太郎ちゃんやーい。」
ぐったりとしているねずみ男はあっちへふらふらこっちへふらふらと繰り返し、鬼太郎の前までやって来た。いつも以上に異臭が酷いのはきっと汗のせいだろう。
「どうしたんだ、ねずみ男。いつもより酷い顔してるぞ。」
「そりゃお前暑いんだから仕方ないだろう?つーか、お前さんはどうしてそんなに涼やかな顔してるの?ねぇ何で?何で?」
「さぁね。ところでお前、何しに来たんだ?こんな森の奥よりも都会のクーラーの方が涼しいって言ってたじゃないか。」
家の陰に水を置いて問えば、ねずみ男は泣きそうな顔で「ばっきゃろう!」と叫んだ。何でどうして罵声を浴びなければならないのかと鬼太郎の眉間に皺が寄る。しかしそんな鬼太郎などものともせずにねずみ男は仰々しく不満を言ってのけた。
「確かに都会は涼しい場所が多い!けどなぁ、アスファルトの地面は死ぬほど暑ぃんだよ!そこを素足で歩く俺様の身にもなれってんだ!」
「はぁ、そういうこと。」
「………相変わらず反応が冷てぇな、お前は。」
けれども無反応に等しい鬼太郎の態度に熱が冷めたのか、ねずみ男はがくりと項垂れる。がしかし間を置かずして顔を上げ、にんまりと笑って見せた。
「そういえば鬼太郎、お前さん扇風機拾ったんだってな?」
「……あぁ、拾ったさ。使い物にならなかったけどな。」
何かろくでもないことを考えているんだろうねずみ男に背を向け、鬼太郎は溜め息混じりに返事をする。
するとねずみ男は待ってましたとばかりに鬼太郎の肩を掴み、耳元でぽそりと囁いた。
「なぁ鬼太郎、俺様と取り引きしないか?聞いたところによるとお前さんの持ってる扇風機、電池で動くそうじゃないか。」
「………お前よく知ってるな。」
「俺様の情報網なめんなよ?それでだな、たまたま俺様は未使用の乾電池を拾ったんだよ。でも俺には使い道がねぇ。だからこれをお前にくれてやるっていう話だ。どうだ?悪い商談ではないだろ?」
「まぁ、悪い話ではないけれど、取り引きなんだろう?僕はお前に何を渡せばいい?」
「んなもん、簡単な話だ。何か食べ物を恵んでくれればいい。ただし腐ってるものはダメだぞ。」
大きく胸を張るねずみ男の懐から取り出されたのは、ビニールすら取られていない未使用の乾電池だった。なるほど嘘ではないようだと鬼太郎は顎に手を添える。
しかし、そう簡単に未使用の乾電池が手に入るものだろうか。きょろりと鬼太郎はねずみ男へ視線を戻す。
「盗品じゃないだろうな?」
「ばっか!そんなんじゃねぇよ!人間のガキ共が河川敷に捨ててったんでい!」
「………ふぅん。」
「あ、信用してねぇな?だったらこの商談はナシだ、ナシ!ったく、折角いい話を持ってきたって言うのによ!」
ふん、と鼻息荒く乾電池を懐へ仕舞いこんだねずみ男はくるりと踵を返す。自分の日頃の行いが招いた結果だというのに、仕方のない男だ。
小さな溜め息を吐き出した鬼太郎はどうしたものかと少し悩む。正直なところ乾電池は欲しい。けれども分け与える食料など残っているはずもなくて。
そろそろねずみ男の姿も森へ消えようかとしたところで、鬼太郎はふと思い出す。
「そういえばねこ娘が水饅頭を作ってきてくれるって言ってたなぁ。」
「鬼太郎ちゃん、そういうことはもっと早く言ってくれやい。」
いつの間にか近くまで戻ってきていたねずみ男に鬼太郎はやや驚いたものの、すぐに「現金な奴め」と腹の中で毒づいた。
「それじゃあ、使えない扇風機に命を吹き込んでやりましょうかねぇ。」
「商談はなしになったんじゃないのかー?」
「水饅頭がかかってるとなりゃ、話は別ってもんよ。ほら鬼太郎もさっさと上がって来いって!」
うきうきとした様子ではしごを上っていくねずみ男。間もなくして降ってくる目玉親父の呆れたような諦めたような声に苦笑いしつつ、鬼太郎もはしごを上った。
「何をしとるんじゃ、アイツは。」
「扇風機を動かせる電池を拾ってきたそうですよ。代わりに水饅頭を寄越せ、だそうです。」
汲んできた水を部屋の隅に置く頃には、微動だにしなかった扇風機が景気よく回りだす。そよそよと柔らかく涼やかな風が鬼太郎と目玉親父の頬を掠めた。
間もなくすればねこ娘が水饅頭を抱えてやってくるだろう。そうして繰り広げられる猫と鼠の言い争いに、今日も平和だと鬼太郎親子は苦笑するのだった。
【夏と電池と水饅頭】
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♪作者様案内♪
>>もちこ様
昨年はmochiko様としてMH祭にご参加くださいました!
ホラーの時は仄暗~い雰囲気で我々をゾクゾクさせてくださいましたが、
今回は4期らしい雰囲気でほのぼの~な日常を描いてくださいました!
これまでの作品
「秋霖」
自分は五期しか見たことがないんですけど、
鬼太郎はこんな風なほのぼのした話なんだな、と
改めて思いました。
これからも、頑張ってくださいね!
アスファルトを裸足で歩く身にもなれ!という
ねずみ男の魂の叫びに、しみじみ頷きました。
猫娘の作る水饅頭
ツルツルで冷たくて
さぞや美味しいでしょうね~v
想像してウットリです。
扇風機に向かって「あ~」とか言ってみる
猫娘を想像して、悶えました。
ねずみ男と鬼太郎とで動かした扇風機に
猫娘が…と思わず。
猫娘至上主義者なもので、すみません…!
松岡らしい様子に、松岡好きな私は大変悶えさせていただきました。(ああ、あの足を付けた盥が欲しい←)
ねずみ男の口調や、鬼太郎とのやりとりに、アニメを彷彿とさせていただきました。
ねこ娘の持ってくる水饅頭私も食べたいですww
(ねこ娘スキー)
ほのぼの、幸せな4期組をありがとうございました。
なんたかんだ憎めないヤツですよね、ネズミw
笑い声の絶えない暑いゲゲゲの森…!読み終えて、ニコニコしちゃいましたv
ありがとうございましたー!
この悪友の言葉のやりとりがまたっ…!
ちょうど私猛暑の時に読ませて頂いてたので、すっごく気分がすっきりしたのを覚えてますvv
素敵な作品を有り難うございました!
鬼太郎とねずみ男のやり取りにとってもほのぼのしました★夏に参ってしまう目玉おやじなんてのも目に見えてとても良かったです^^ とりあえず水饅頭に食い付くねずみ男にもそれらしくって笑いましたよ(笑)
面白かったです★もちこ様、素敵な作品をありがとうございました!では!
水饅頭に釣られるねずみ男が現金すぎて、でもそこが彼らしくて笑わせて頂きました。
原作鬼太郎のコミカルな部分を見ているような気分です。
とても楽しい幸せをありがとうございました!
文の書き方がすごく好きです。
三人+a大好きです!いつまでもこうしてぎゃあぎゃあ騒いで頂きたい^^
鬼太郎はこの関係を壊したくなくて猫ちゃんの気持ちにあまり答えないとかだったら萌えます(黙れ
素敵作品ありがとうございました///