蚊取り線香(二期キタネコ)
時は春。
あたり一面の白い花畑。
仲良くピクニックをしているのは、鬼太郎と猫娘。
「これくらいでいいかしら」
「たくさん取れたね」
籠いっぱいに花を摘み取って、二人で笑みを浮かべる。
「見事じゃのぉ」
そんな二人を、髪の隙間からひょこりと顔をだした目玉の親父が、これまた笑顔で見詰めた。
仲良く手をつないで帰る道のり、出会うのはいつもの邪魔者。
「なんでぇ、食いもんじゃねぇのかよ」
籠の中身をひょいと覗きこんで、つまらなさそうに言う。
「何よ、鼠男。アンタなんかお呼びじゃないわよ」
「ケッ、そんな腹の足しにならねぇもんに浮かれやがって。これだからお子様は」
「食べなくても、必要なものなの! いつも不潔なアンタには解らないでしょうけれど!」
二人のいつものやりとりを、鬼太郎と目玉の親父が苦笑しつつ、のんびりと眺めている。
「行きましょう、鬼太郎さん。親父さん」
「うん、猫ちゃん」
「おーお、鬼太ちゃんも、すっかりママゴトに夢中かい」
わざとらしく肩を竦める鼠男に、猫娘が食って掛かる。
「何がママゴトよ!」
「そうだよ。僕らはママゴトじゃなくて、本物だよ」
え? と猫娘が赤くなるので、相変わらずだのぉ、と親父さんは笑って髪の中に潜り込んだ。
ケッと毒づく鼠男を威圧しつつ、鬼太郎が猫娘の手を引く。
「行こう。おばばが待ってるだろう?」
「え、ええ」
ほんのり頬を染めても、つないだ手は離さずに、砂かけ婆の住む妖怪アパートへ向かった。
季節は流れ、夏の始まり。
鬼太郎は缶から、春に摘んで乾燥させてあった花を取り出した。
丹念に薬研ですりつぶす。
一度ふるいにかけ、残ったものをまた粉にする。
そうして完全に粉になった頃、猫娘の声が聞こえた。
「鬼太郎さーん」
「上がってきてよ、猫娘」
返事をすると、猫娘が軽快な音を立ててはしごを上ってくる。
部屋に入った猫娘が、鬼太郎の手元を見て呟いた。
「あら、蚊取り線香を作っていたの?」
「うん。そろそろいると思ってね」
鬼太郎の言葉に、猫娘が首を傾げた。
「でも、鬼太郎さんは蚊に刺されないんじゃなかったかしら」
「うん。けど、猫娘には必要だろう? だから、おばばに乾燥させた除虫菊を貰っておいたんだ」
猫娘がいつ来ても困らないように、と呟かれ、猫娘が嬉しそうに笑った。
「有り難う、鬼太郎さん。じゃぁ、あたしは安心して料理を作るわね」
「いつも悪いなぁ」
「いいのよ。私がしたいんだから」
言いながら、がさがさと持ってきたものをちゃぶ台に乗せる。
「あ、そうだわ。これを見つけたの」
猫娘が取り出したのは、可愛らしい猫の形の陶器の置物。
上には持ち手と小さな穴が付いていて、お尻の方が開いていて、ものを入れるようになっている。
「もしかして、蚊遣り?」
「そう。鬼太郎さんが蚊取り線香を作ってくれるなら、ここに置いてもいいかしら」
「もちろんだよ。あ、今日使う分はもう干してあるから」
そう言って、吊るしてあった網籠から、少しだけいびつな渦巻きの線香を取り出した。
はい、と渡され、猫娘が笑顔で受け取る。
蚊遣りの中に吊るし、火をつけると、煙と共に独特の香りがし始めた。
窓の下に蚊遣りを置いて、猫娘が台所へ入る。
「人間の使う蚊取り線香で済むのなら、もっと楽だけど」
「ゲゲゲの森にいる蚊には、森に咲く除虫菊でないと、効き目が弱いからね」
「そうね。その上あたしたちの血を吸うと、さらに強力になっちゃうから、用心しないと」
「それだけじゃない。吸われた猫娘だって、肌が腫れて、大変だったろう?」
だからこそ、鬼太郎は自分には必要のない蚊取り線香を作っているのだ。
体温が低い幽霊族の鬼太郎が、蚊に刺されることはほとんどないが、猫族の猫娘は、よく食いつかれている。
強力になった蚊に刺されると、熱を出して寝込むこともあるのだ。
「夏は全てのものが強くなる季節だものね」
猫娘の穏やかな声が鬼太郎の耳に心地よく響く。
「親父さんは?」
「子泣きと温泉。逆上せてないといいんだけど」
「あたしは溺れてないか心配だわ」
くすくすと、柔らかな笑い声が響く。
鬼太郎は先ほどの菊の粉に樹皮の粉を混ぜ、少しだけ水を足して練り上げた。
そうして紙の上で器用に渦巻き型を作ると、網の上に移動させた。
何度か同じ作業を繰り返し、ストックを作っておく。
猫娘が安心して遊びに来れるように。
一方猫娘は、暑さと格闘しながら料理を仕上げた。
「鬼太郎さん。お昼が出来たわ。手を洗っていらっしゃいな」
子供に告げるような言葉に、鬼太郎は苦笑して立ち上がった。
外へ出て、手を洗って戻ると、ちゃぶ台には美味しそうなご飯と焼き魚、茹で茄子に生姜、キュウリとトマトのサラダが乗っていた。
「あれ?」
「どうしたの?」
思わず首を傾げた鬼太郎に、猫娘も同じように首を傾げた。
「味噌の香りがしたから、味噌汁が出てくるかと思ったんだ」
照れくさそうに鬼太郎が言うと、猫娘が笑った。
「まぁ。鼻がいいのね。あれは、今夜の分。冷汁にしようと思って、冷ましているの」
「冷汁?」
「ええ、今日は魚がたくさん取れたから」
お昼には手早くできるものを。夜にはゆっくりと時間をかけたものを。
にこにこと笑う猫娘。
冷汁がなにかは分からないけれど、きっと今夜の食事も美味しいだろう。
傍らに、誰かがいるならなおさらに。
「猫娘も、食べていくだろう?」
「そうね、よばれていこうかしら」
自分で作ったのに、よばれるというのもおかしな話だと鬼太郎は思う。
けれど、親しくなっても礼儀は忘れない。そんな猫娘の品の良さが、とても好きだ。
嬉しそうに食事を始めた鬼太郎に、猫娘がかいがいしく世話を焼く。
そうしながらも、楽しそうに色んな話をする。
最近の噂話、近所で起こった出来事。
女の子の話は尽きない。
鬼太郎は無口ではないけれど、猫娘の声を聞くのが好きなので、相槌を打ちながら聞いている。
ほのかに漂う花と樹皮の香りが二人を包む。
ふふ、と猫娘が笑った。
「あたし、この匂い、好きだわ」
「そう?」
「ええ。おばばが作るのより、花の香りが強くて、とても好き。」
鬼太郎は虫除け成分が少しでも高くなるよう、できるだけ花の割合を多くする。
猫娘は鼻が良いので、その違いを嗅ぎ分けるのだろう。
「この匂いを嗅ぐと、鬼太郎さんのことを思い出すから」
「目の前にいるのに?」
鬼太郎の言葉に、猫娘がぷっと笑った。
「それもそうね」
くすくすと笑う猫娘に、鬼太郎が言う。
「じゃぁ、少し持って行くかい?」
「え?」
「気に入ってくれたんなら、僕も嬉しい」
干してある蚊取り線香を指差すと、猫娘はきょとんとした後、ゆっくりと首を振った。
「ううん、いいの」
「どうして?」
「この香りは、鬼太郎さんの家での特権にしておくわ」
にっこり笑ってお茶を注ぐ猫娘は、女性特有の艶かしさがある。
「他の虫にも効くといいのに」
「なぁに?」
小さな呟きが聞き取れず、猫娘が首を傾げた。
「なんでもないよ。そうだ、今日は泊まっていきなよ。一緒に星を見よう」
「素敵ね」
猫娘の楽しそうな顔に、鬼太郎は自分の提案が素晴らしいものに思えた。
風がそよそよと家を抜けていく。
暑い夏の午後。
二人はのんびりとおしゃべりをして、昼寝をして。
どれだけ暑くても離れようとはしなくて、夜が来ても一緒にいる。
猫娘が作ってくれた冷汁は、冷たくて甘味があってシャキシャキしていて、とてもおいしい。
夕食の後は、二人で星を見上げる。
「いつか」
猫娘の顔を見詰めて、鬼太郎が言う。
「ずっと、こうなるといいな」
きょとんとしていた猫娘が、やがて微笑んで、そうね、と呟いた。
「いつか、ね」
「うん」
長い時を生きる自分達にはゆっくりと時間が流れていくから。
急ぐ必要はない。
自由を愛する猫族の娘を、そうそうに縛り付けることもない。
けれど。
二人を包む、目には見えない香りのように、猫娘を包み込んで、自分だけのものにしたくなることもある。
だから、小さな未来の約束を、否定せずに応えてくれることが嬉しい。
「綺麗な星空。明日もきっと暑いわね」
星空の下、輝く二つの金色の瞳。
そうだね、と応えながら、じっと見詰める。
この香りで僕を思い出して。
この香りで虫を除けて。
そうして僕だけのものでいて。
表に出さない独占欲。
見透かすような金の瞳に唇を寄せ、少しだけ驚いて、けれど逃げない猫娘に、鬼太郎はそっとキスをした。
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>>そう様
昨年MH祭デビューっ★
昨年度同様、今年も二期で素敵作品を披露してくださいました!
このしっとりした二期らしい雰囲気が見物です♪
これまでの作品
「烏羽色の闇」
何より私の心を奪ったのは小串さんの食べ物ですね! 美味しそう過ぎて今もお腹なってます!
風流且つしっとりとした雰囲気の作品、本当に有り難うございました!
猫娘さんのために、お花のいっぱい入った
蚊取り線香を手作り……
お、男前よぉー!
男前様がここにいらっしゃるわよぉー!
鬼太郎さんのあまりのカッコよさに
動悸が激しくなりました。
そしてそんなカッコ良い鬼太郎さんを
作っているのは、猫娘さんなのですね。
たおやかで妖艶でたまらないです~。
私の大好きな2期夫婦が、今年もいい味をだしてくださいましたww 嬉しいです。とっても!!!!嬉しいです!!(大事なことなので二度言います)
蚊取り線香を手作りしちゃうなんて、なんてエコ!!
真のロハスがここに居ます!!!
本物夫婦発言は、素晴らしいよ~~~~!!!(泣くほどニマニマしちゃいます)
ツリーハウス内でのいちゃこら会話に、画面見ながらこっちが照れてしまいました。
もう、一生やってろwww
御馳走様でした<(_ _)>
去年もそうでしたが、興奮のあまりおかしな文面になってしまいごめんなさい;;
はいはい男前(←
はじめまして、そう様!
大人で…ピュア(?)な鬼太郎さんにドキドキされられっぱなしです。もう!末永くお幸せに!
LOVELOVEな作品ありがとうございました(*^∀^*)
■追記■
お風邪ですか…とても心配です。
早く治ることをお祈り致します><
体調不良中につき、まとめレスをお許しくださいませ。
私も皆様の作品を楽しませていただいています。
二期夫婦は大好きなので、喜んでいただけると嬉しいです。
夏風邪を引いてしまい、ケホケホしてますが、お祭りを心の糧にしてすごしてます。
矢野さま、皆様、ありがとうございました!
のろけるのは野沢の得意技だと思います(笑)
そして(どの期も)猫娘は鬼太郎の胃袋から掴んでいると思います。
今回は矢野さんの胃袋もつかめたようでv
やっぱり2期キタネコが大好きです。
このたびは、本当にお世話様です。
ありがとうございました!
SUNASU様
古式ゆかしい、恋女房を持つ旦那様・野沢でございます。
姿は幼げでも、鬼太郎で一番の男前!
そして、猫娘の中で一番艶っぽいのも、小串猫娘だと思います。
いい夫婦ですよねv
メッセージありがとうございました!
大和様
野沢鬼太郎にほれても、彼は猫娘一筋ですから(笑)
2期鬼太郎を想像するとき、つい古い時代を思い浮かべてしまいます。
エコな生活ですよね。
天然熟年甘々夫婦が2期の理想。
楽しんでいただけて嬉しいです。
ありがとうございました!
五平餅様
初めましてですv キスは反則でしたか(笑)
野沢鬼太郎ならさらっとやりそうですよね。
ピュアというか、彼は天然で確信犯って気がします。
猫娘を幸せにするなら何でも許しますけど(笑)
風邪メッセージ、ありがとうございます。
夏風邪はしつこいですよ~
皆様もお気をつけて!
珠歌様
鴛鴦夫婦!
まさに2期鬼猫を表す言葉ですね!!
仲良し夫婦な二人を書いていて、私も幸せでした。
珠歌様も幸せになっていただけたなら、嬉しいです。
ありがとうございました!
雪風様
蚊取り線香をどう表現するか迷って、2期なら自作しちゃうんじゃないかと思いまして。
いろいろ調べました(笑)
2期らしいと言っていただけて嬉しいです。
ありがとうございました!
八神 帝様
小串姉さんが可愛いから、野沢が男前で、野沢がカッコいいから、小串姉さんも色っぽいのだと。
互いが互いを補う、いい夫婦ですよね!
楽しんでいただけたなら嬉しいです。
ありがとうございました!