ひ弱な自分を押し隠そうとする。
少しでも彼に近づこうとする。
それでも縮まらぬ距離に歯がみする。
今回もまた、本当は流したい涙をこらえて、必死に必死に訴える。
「私を子供扱いしないで!」
しとしとと降る雨の中、針の様なその銀の雫を背に、彼女は己のスカートを握りしめてそう叫んだ。
認識:::
「猫ちゃん」
あやす様にそんな彼女の肩に手を置く。
彼女はそれを乱暴にふりほどいた。
「止めて! 蒼兄さんはいつもそう。鬼太郎もいつもそう。そうやって、子供あやすみたいに話しかけないで」
そこまであの幽霊族の子供に言われた言葉を気にしているのか。
まあ彼に非がないとは言えない。
彼としては何と無しに、一種のからかいに似たつもりで放った言葉だったろう。それが彼女にとっては一番恐怖している事で。
―――君はまだまだ、子供だなァ。
小さく苦笑を漏らしながら、言ったあの少年の顔を思い出す。
何処までも大人びた子供だ。
少年である事を、許されなかった子供の顔だ。
目の前の彼女が、そんな大人ぶった彼に僅かな違和感と恐怖を感じている事を…少年は知っているのだろうか。
「どうしていつもそうなの」
カビ臭い、朽ち果てた寺の入り口。
既に人から忘れられた建物から、漂ってくるのは哀愁。
それに加えてこの雨だ。
腐りかけた木造の扉に背を凭れ、蒼は静かに猫を見上げた。
彼女はまるで怒った猫の様に、懸命に背伸びして立っている。虚勢を張るその姿の、何とか弱く愛らしい事よ。
その前に悠然と腰を据え、蒼は赫怒する彼女を見つめる。
今しもその大きな目尻から、こぼれ落ちそうになる涙を見つめる。
ふと思う。彼女の涙は後ろの雨と違って、随分と大きな宝石の様だと。
「猫ちゃん、俺は一度だって、猫ちゃんの事子供扱いした事はないぜ?」
「ウソツキ!」
ウソだ。
だって初めて彼女と会った時なんて、彼女の背は自分の膝小僧くらいまでしかなかったのだから。
「本当だって」
「ウソよ。鬼太郎も蒼兄さんも、私の事何時までも子供だと思ってるんでしょう?」
「そんな事無い」
此は本当。
だって彼女は、驚く程日増しに美しくなっていく。
「じゃあ証拠を見せて! 私を子供扱いしないで!」
「猫ちゃん」
「ほら!」
苦笑を漏らして、その頭に手を伸ばす。
ぱし、と乾いた音が響いた。
彼女の白い手が、蒼の大きな手を軽く弾く。
「“猫ちゃん”、って言って、頭を撫でる。これの何処が子供扱いしてないって言えるの? 私はもう大人だよ。一人でちゃんと働けるし、鬼太郎の隣でちゃんと戦えるでしょう。体だって以前よりずっと大きくなった。もう蒼兄さんに高い高いして貰う年じゃないんだよ」
「猫ちゃん」
ふう、とため息付く。
思わず、額を手で押さえる。
「あんまり俺を、困らせないでくれ」
子供扱いしてくれるなと彼女は言う。しかしならばどうしろと?
理性という枷を外して、このあらゆる感情を彼女にぶち開けろと?
そんな事して彼女を傷つけられる程自分は勇敢ではないのだ。
どうか解ってくれ、この感情を。
この想いを。
子供扱いしている訳じゃない。
―――“今”の為にも、まだ大人として君と接しては行けないのだ。
懇願する様に呟く彼に、聡い彼女ははっと顔を強ばらせた。
そしてとうとう、その瞳からこぼれ落ちる結晶。
彼女はう、と小さく嗚咽を漏らすと、かじりつく様にして蒼に抱きついた。
それを蒼は受け止める。まだ自分の胸にすっぽり納まってしまう程、小さくて細い彼女の体を抱きしめ返す。
嗚呼ほら。
蒼は思わず苦笑を漏らす。
君だって、まだ自分を男として見ていないではないか。
恥じらいもなく首にまとわりつく彼女に、蒼は嘆息が止まらなかった。
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