逃げ水::
ぴょん、と飛び跳ねては、顰めっ面をする。
鋭い眼光で地面を睨み付けたかと思えば、次はまたねらい定めてジャンプ。
木々の合間から零れる陽光に当たって、浅紫の髪がきらきら輝いた。露を帯びた桔梗の様に、きらきらと。
何をしているのかな、と気にしながら鬼太郎は声をかけない。
ただ必死に、こちらの気配にも気付かず夢中になって飛び跳ねる彼女を、静かに静かに見つめている。気分はファーブル。彼はこんな風にして、一所懸命昆虫を見つめていたのだろうか。このことを彼女に伝えたら、おそらく「私は虫か!」と烈火の如く怒るに違いない。
そうして観察すること数分、ようやっと彼女がこちらに気付いた。
否、気付かされたと言った方が正しい。
彼女が懸命に追いかける“何か”がこちらに向かって移動してきたのだ。
それは初め輝く光の物体に見えた。
しかし地面をするすると這って、こちらに近づく姿は間違い無く水たまりである。
透明な水たまりは、七色に反射しながら鬼太郎の方に向かってくる。
「鬼太郎、捕まえて!」
前方から響く必死の声に、思わず鬼太郎は水たまりの端を下駄で押さえた。
水たまりは懸命に逃げようともがくが、鬼太郎の足が……と言うより彼の下駄が、地面にしっかりそれを縫いつけて離さない。
「―――猫娘、これどうする……」
顔を上げて彼女に尋ねる。
しかし言葉は最後まで放たれることは無かった。
いつの間にかすぐ側まで駆け寄っていた彼女。
その数歩手前で、彼女は勢いよく地面を蹴る。
―――あ。
反応する間もない。
彼女の桃色のきれいな靴と、白い足は、まっすぐ鬼太郎の足下の水たまりに向かって……
―――なんてコトはない。激しい水しぶきを巻き上げながら、彼女はダイブした。
「―――……」
「―――……」
頭から泥を被り、きれいな服も顔も泥だらけ。
けれど驚くほど清々しい笑顔で彼女は告げた。
「水たまり見ると、やっぱりやりたくなっちゃうの」
ああ、それは……
「―――僕も、そうだ」
だから鬼太郎は、顔の泥を拭うことも忘れて思わず彼女に微笑んでしまった。
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漫画で書く気力が無いほどに暑いよ世の中……