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夢捨て場
日常報告及びネタ暴露専用のブログです
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2010/10/24 (Sun) 10:14

大和様
 ’08年「夏の夜」でMH祭デビュー。’09年「水底の夢」「魂喰」など
様々なジャンルでメッセージ性に富んだ作品を残す。「風と花びら
~妖怪奇譚~」の管理者様としても現在活躍中。今回も二期鬼太
郎でファン待望の作品を提供してくださった。



曼珠沙

~深緋(こきひ)~
 

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 黄昏色の幕が下りている。
 視界の上半分は色褪せた茜色が地平を燃やし、上空に行く程黝(あおぐろ)さを含み、昏さの中に溶け込んでゆく。月はどこにもなく、星という小さな灯りも存在しない。
 そんな影が落ちた夕色の中で、何故か、それだけは。
 鮮やかな極彩色の赤を、放っていた。

 視界の下半分の、赤。緋色。深い――深緋の色、色、色。
 一面の花。

 目を瞠る。
 それは見る者を圧倒する程空間を支配し、奥深くまで、果てが無く広がって見えた。

 
 一面の天上の花――曼珠沙華。


 枝も葉もない花茎が突出し、その先端に包に包まれた花序がひとつだけ付き、包が破れると輪生状に並ぶ花が顔を出す。天上に向かって真っ直ぐ立っている赤い花が、黄昏の中、黝さの中、光源の薄れた世界の中で何故か、鮮やかに、映えていた。
 急に肌が冷えた。
 “陽”が完全に落ちた。やがてはここも暮色の鈍さから漆黒の闇へと変化を遂げるであろう。しかし、その中でも花の深緋の色は残るのではないかと思えてならない。
 鬼太郎は静かな呼吸を繰り返していた。まとわりつく空気は重く、芯から冷えるような寒さを持ちながらも肌を焼くじりじりとした熱さのような痛みを持っていた。不快である。
 鼻に皺を寄せ、鬼太郎は曼珠沙華の咲き誇る世界にぼんやりと現れた人の姿を捉えた。
 若い、影の無い女性である。大気に溶け込むかのような頼りない輪郭のはかなげな女性が、ゆらり、と震えながら立っていた。

 天上の花でもありながら死人の花でもある曼珠沙華に引かれでもしたのであろうか。――否、否。
 “それは違う”のだという事を、鬼太郎は知識でも無く経験でも無く“第三の意識”でもって察した。

 女性が思いついたように鬼太郎を見た。輪郭がかすむような微笑みを鬼太郎に向けるが、彼女の双眸は洞のように光彩を持たない。
 女性は死者である。
 そしてここは、生と死の狭間の領域である。
 ――死者の国で遊ぶ事は、鬼太郎にとっては特別な事ではない。墓場の霊と触れ合い、死者との交流を楽しむ事も珍しくはない。故に、目の前に儚き姿の女性霊が現れても、別段驚くようなものではなかった。
 
 「あなた、だぁれ?」

 女性霊がやや舌足らずな声の調子で話しかけてきた。小首を傾げ、愛らしさを出している風にも見えるが、鬼太郎は隻眼を眇めて――笑わなかった。

 「僕は鬼太郎」
 「鬼太郎……何か変な名前ね」

 くすくすと笑う女性霊は、肩を竦め口に手を当てて鬼太郎を見ていた。
 曼珠沙華が少し揺れたようだった。
 
 「あなたは?」
 儀礼的に訊ねてみる。すると女性霊は肩にかかる髪をいじりながら答えた。
 「かおる」
 「そう……」
 興味など無い。あくまでも挨拶のようなものであった。しかし、女性霊――かおるは鬼太郎が話しかけたのが嬉しかったのか、真っ直ぐ鬼太郎を見つめた。

 「ここって……どこなのかしら」
 「――死者の国の入口さ」
 「死者の……ああ、そう」
 突き放すような鬼太郎の台詞に淡白な返答をしてくる。鬼太郎は目だけを動かしてかおるを見た。感傷の色とは程遠いかおるの無表情が暗さが濃くなった空の色にさらに白さを増していた。「白」という漢字は人の頭蓋骨のかたちから生まれたのだったっけ、と、ぼんやりかおるの顔を見ながら鬼太郎は感情の遠い所で思っていた。

 「私は死んだんだよね。今日――昨日だったかな……。ああもういいや。兎に角、死んだんだから」

 死の事実への驚愕も生への執着もまるでない。人間というものは大概が命に執着し、死を厭うものじゃなかったか……? 
 「怖くなかったの?」
 「怖い? 怖かったかな……。ううん、よく覚えていないや」
 あっけらかんとしている。何故、こうも現状に対し無関心的に振舞えるのか。鬼太郎はかおるのやや特異的な部分に疑問を持った。

 「私、持病があって、中々人生上手くいかなかったんだよね。小学校の頃からそれで散々虐められたし、勉強もはかどらなかった。それでも、自分が出来る範囲では頑張ったのよ。みんなはさ、健康で要領よく何でもこなしていって、羨ましくてさ。でも私は病気持ちだからみんなみたいに努力も出来ないし」

 ――何かが、鬼太郎の心に引っかかる。

 「つまらなかった学校も卒業して、社会出て、漸く就職先見付けたけど、これだって病気の所為で休みがちだった。それでも、一生懸命勤めたんだ。同期の子が私が折角任された仕事を横取りしちゃう事も多かったけど、それだって私が病気持ってたからだし……」

 ――病気って、何だ?

 「私が良いなって思った男の子も、告白する前に私より若い子と付き合い始めちゃうし。ホント、嫌な事いっぱいあった。陰湿な虐めもされた。苦しくて……辛くて……ムカついてムカついて……」

 ――病気は分からないけど、それを背負って頑張って来た……?

 「だって……私は人よりハンディキャップ持ってたんだよ。出来なくても当り前で、優しくしてもらったって当然じゃない。他人より弱い身体で頑張って来たんだから」

 ――あれ?

 「なのに、誰も優しくなんかしてくれないし、むしろ邪魔だって言ってる」
 「そう言われたの?」
 「絶対そう! 影でみんな私の悪口言ってるんだよ」
 
 かおるの表情に初めて険が走る。――心なしか、儚い程の白さを持った身体が毒々しい黒の影を纏ったように見えた。折り曲げた首だけが、何故か赤黒い。
 ――自分の生前された事を思い出したのであろうか。かおるの眦がつり上がり、眉間に数本皺が寄る。荒々しく手元の曼珠沙華に触れ、そして、毟り取った。毟り取って、投げ、毟り取って、投げた。
 「私はっ」
 毟る。
 「こんなにっ」
 投げる。
 「頑張ってたのにっ」
 毟る。
 「誰もっ」
 投げる。
 「誰もっ!」
 甲高い絶叫で、言葉を発する。投げ捨てられた曼珠沙華たちは、粛々とかおるの怒りを受け止めて地中に沈んでいく。

 「愛されない。愛してくれない。誰も誰も誰もっ……!」


 ―――吁々(ああ)。


 「それで……」
 鬼太郎は得心したように頷いた。そして、腕を組み、かおるに向かって顎を上げた。眼差しはひどく冷めている。

 「あんたは自殺したんだ」
 「―――!」

 鬼太郎に指摘され、かおるは目を吊り上げた形相のまま鬼太郎を睨んだ。呪いのような視線が皮肉にも彼女の存在を“ぶれずに”見せてくれる。

 「あんたの病気の事なんて知らないよ。それがどんな障害を持って人生において重荷になっていたかなんて、僕には興味が無いから。――あんたのその痣」
 鬼太郎はそう言い切ってからかおるを一度指差し、そして、自分の首を指した。
 「――吊った痕だろ?」
 かおるは両手で自分の首を隠した。しかし、もう遅い。
 鬼太郎は鼻哂(びしん)した。

 「自殺はね、まずはどんな理由であっても地獄に逝くんだよ。天国には逝けないんだよ。生前、人の為に生きた人でもね。ましてやあんたは――救いようがないよ」

 「何故っ」
 喰いつく。かおるの血走った眼。開いた口。目立つ鬼歯。そして、身を包む黒い影――瘴気。
 瞋(いか)りとは醜いものと、どこか冷静なものを持った鬼太郎は淡々と言った。

 「心の中が毒でいっぱいだからね。重いんだよ、それって」

 「嘘よっ」
 耳をつんざく程の声で、かおるは否定する。「私、頑張って生きたわっ。あの時まで、あのっ、あの……くっ、兎に角っ、それまで頑張ってたの! 自分の幸せを掴む為に病気持ってるのにっ」
 「――難病を持った人でも心から誰かの為に真っ直ぐに生きて、毒を溜めない吐かない人生を生きた人は大勢居る。病気を理由にしちゃあいけない。それは、免罪符じゃあない」
 「だけど……」
 「あんたは、只妬んで、嫉んで、瞋っていただけ。瞋りの報復に死を選んだだけ……違う?」
 首を傾げ、問うような姿勢の鬼太郎は、見た目はかおるよりはるかに子供で、しかし、その顔、口振りは老成している。

 「吁吁吁吁吁吁吁っ」

 かおるは悶えた。
 胸を掻き毟る。激しく強く掻き毟ると白装束が裂け、真っ赤な血が流れた。
 「吁々っ吁々っ吁々っ……」
 この世とあの世の境では、肉体の記憶は未だ生々しく残っている。赤い血はじわりと浮き上がり、糸のように垂れた。指に血が付く。それでも構わずに掻き毟る目の前の女性霊を、鬼太郎は憐れに思う。
 かおるの血の付いた指が、曼珠沙華を毟り取った。
 「でもご覧よっ。この花! この綺麗な花をっ」
 そして、鬼太郎に突き出すように持った。

 「地獄に花なんか咲かないでしょ! こんな綺麗は花はっ」
 「――花じゃないよ」
 「え?」
 
 鬼太郎の悲しげな口調が、暗闇の中でも鮮やかさを失わない深緋の花に吸い込まれた。かおるの表情に虚が生まれる。
 曼珠沙華が、溶けた。

 かおるの手の中のそれがとろりと溶け、手指に絡まり、風に吹かれるように揺れた。
 かおるの目に驚愕が走った時、それが、突然発火した。

 「ああっ!? ひぃいいいいっ!?」

 かおるは手を振り払ったが、絡まり付いた火は舐めるようにうねり、広がる。気が付いたらかおるの周囲の花たちは消え、そこは炎が立つ煉獄の中であった。
 「い、嫌ぁああああああっ! やだっやだぁあっ!」
 炎の渦に取り込まれる黒い影。身を屈め、髪を振り乱し、悶え苦しむ影が、鬼太郎の目に映る。
 「たっ……てっ……」
 炎の中の黒い影が、鬼太郎に腕を伸ばしたようだった。が、次の間には崩れ、呑まれ、消え去った。

 

 後に残るは、炎。火の色。緋色。深緋――深火。

 


「あんたを助けるなんて……僕には荷が勝ち過ぎるんだよ」
 深緋(火)の炎が、鬼太郎の頬に反射した。

<fin>


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記念すべき第一作!
矢野 2010/10/25(Mon)15:44:39 編集
大和様! 投稿作品第一作、華やかな幕開けを本当に有り難うございました!!/// RDGの矢野です笑
瞼を閉じれば鮮明に浮かび上がる強い色…この色を最大限に生かしたすばらしい作品で、このブログの背景にもぴったりだなぁとアップさせて頂いた後は強く感じました!
華から炎、と言う変化も私非常に感心させて頂きました! 柔軟な発想に、いつも感動を与えて頂いてますvv
本当にすばらしい作品を有り難うございました!
矢野様へ
大和 2010/10/25(Mon)21:36:04 編集
深緋の題材を頂いた時に彼岸花を真っ先に思い浮かべたのです。(ちょっと違うんですがね;;厳密には)
このヒロイン(?)と同名の方には申し訳ない作品でごめんなさい;;;
野沢鬼…小串ね~さんが居ないとそう思えない残念ものですが、過分なコメント、有難うございます!!!
言葉に出来ません・・・っ。
シロウ 2010/10/28(Thu)19:43:49 編集
怖いけど、怖いだけじゃないものがありますね・・・。
矢野さんの説明にもありましたが、メッセージ性が強くて伝えたい事がひしひしと伝わってきました。
脳内で自然と動画再生されるくらい、2期の雰囲気にもあってて怖かったけど楽しめました。
やっぱり、大和さん・・・凄いです><*
シロウ様へ
大和 2010/10/28(Thu)21:43:49 編集
ああああ!
有難うございます~~~~! コメント頂けるなんて驚いています!!!
2期って言ってもいいのですねww 言ってもいいのですねww
野沢鬼って原作を除いてですが、一番人間の業をまざまざと見ている鬼太郎なので、このような作品になりました。
メッセージ性…そう伝われば幸いです。
(うわ、まじ嬉しい)
大和様へ
珠歌 2010/10/30(Sat)07:15:24 編集
はじめまして。
生と死の狭間に広がる深緋色が、訪れた者の業によって姿を変える…。怖いながらもとても魅力的です!淡々と告げつつも最後まで見届ける鬼太郎の言葉に彼なりの優しさが見えた気がしましたv
ありがとうございましたvv
珠歌様へ
大和 2010/10/31(Sun)16:11:32 編集
コメント有難うございました!
きゃあ、嬉しいです! 天国地獄は心の中にある、なんて言葉があるのですが、そういうイメージをあの場の変化が現せたらなぁ、なんて思っていましたので、くみ取って頂けたようなコメントは本当に嬉しいです。
鬼太郎、優しいって言ってもらえたよ! 良かったな!(うちの書いた)鬼太郎ww
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