柳佳様
今年MH祭デビュー。キャラクターの特徴を掴んだ奥
深いストーリーに加え、独自の発想を混ぜ込む小説が
特徴的。特撮サイト「旅籠 猫屋」の管理人として活躍
中だが、今回はサブジャンルでもある鬼太郎でのホラ
ー作品を提供してくださった。
輪廻の色
~翡翠(ひすい)~
ゲゲゲの森を出て、下流の、人里に近いところに池がある。池と言っても川から派生した水溜りのようなものだ。
しかし水の流れはとても綺麗で、魚がよく泳いでいる、とカワウソが話しているのを通りがかりに耳にした猫娘は、
その場所のことが気になっていた。大好きな魚がいるのもポイントだが、話しぶりからとても綺麗な場所みたいで、
そんな場所に鬼太郎とお弁当持って行けたら楽しそう、と思ったのだ。
親父さんも一緒に三人で、ゆっくりできたらいいな、だって最近妖怪退治の手紙が多くて鬼太郎出かけたきりだし…。
だからこんな天気の良い、空が翡翠のように澄んだ日に、その場所に行ってみることにしたのだが、カワウソ
の話の一部分しか聞いてないものだから、道の見当がつかない。大体こっちの方角かな、川沿いに行けば着くよね、と
適当に歩き出した。だからその場所に着いたのは昼前後、歩きまわったせいでお腹もすいて足も疲れ、とへとへとになっていた。
でも、たどり着いた場所を一目見た瞬間、そんな気持ちは吹っ飛んでしまった。よく磨いた鏡みたいに広がる水面は、昼の強い光を
金剛石に変え、生い茂る緑の草木は柔らかいヴェールのように周囲を包み、まるでこの空間だけを誰かが作りあげたかのように調音
とれた景色が存在していた。自然というには整いすぎているようにも感じたが、そんなこと気にもならないほど美しい景色に、
猫娘はしばし立ち尽くしていた。風が木々をさやさやと揺らし、水の揺蕩いの音すら聞こえてくるかのような空間。
こんなに綺麗なところなら、鬼太郎も親父さんも喜ぶだろう。猫娘は彼らとのピクニックを想像して微笑んだ。
「よし、鬼太郎が戻ってきたら、約束してこよっと」
「やくそく?」
「誰?!」
「あ、驚かせてしまってごめんなさい…」
水色のレトロなワンピース姿の女の子が、向こうの木々の間に立っていた。
「私、ここで待ち合わせをしていたんです。あ、河瀬美子って言います。あなたは?」
「私は、えーと、寝子、って呼んで。綺麗な場所があるっていうから来てみたんだけど、ここってわりと有名な場所だったりするの
?」
待ち合わせするのには寂しいところじゃなかろうかと思ったのだが、
「以前雑誌に載ったことがあるんですよ」
「へぇそうなんだ」
「寝子さん、今お暇? 良かったら少しでいいからお話しません? ここに一人でいると退屈なの」
「? 別にいいけど」
美子という少女は、猫娘の返事にほんとうに嬉しそうな顔をして手をとった。ずいぶん人懐こいなー、と思う猫娘を
引っぱって、朽ちかけた木々に並んで腰かける。肩口まで伸びた碧緑の髪がさらりと揺れた。
「ねぇ寝子さんは好きな人っています?」
から始まって、美子は自分と恋人の話をしだした。とても優しくて素敵な恋人、初めて出会った日のこと、告白の日いざとなったら友達
はどこかに隠れてすごく緊張したこと、初めてデートに出かけた日のこと…。
ちょっと一方的な美子の話に相槌をうつ猫娘は、恋するって素敵だなと思いながら、ふと、違和感を耳に感じた。
(そういえば、ここって水の音はすごく聞こえるのに、鳥の声が全然しない?)
普通、このような水辺であれば多く鳥がいるのに、ここではまったく鳴き声がしない。さえずりはおろか気配すらもそういえば…。
整いすぎた自然、欠けた鳥の存在、似つかわしくない少女。なにかがおかしい。
「ねえ、だから寝子さん。私寂しいの」
「え、何が?」
「だから、私と一緒にいてちょうだい。ずっとずっと、私のところにいて?」
彼ったら、ずいぶん前に約束したきり、まだ来てくれないの。生まれ変わったら必ず来るっていったのに。
長いこと待っていると、退屈で仕方ないの。
「私、あなたみたいに可愛い女の子がちょうど欲しかったの」
下弦の月がくっきりと夜空に浮かんで、昼間の澄んだ空気の名残が満ちていた。森の湿った土では下駄はアスファルトほど
響かず、夜の静寂を破ることもない。木々の中で眠る鳥たちの下を通り過ぎながら、彼は散歩するようにゆっくりと
歩を進めていた。
やっと道が開ける。月を映す水面は静かに瀬々ぎ、来訪者の出現に木々がかすかにざわめいた。
「昼間ここにきた子を、返してくれないかい?」
君が恋人を待つように、僕はあの子をずっと待ってたんだ。異なる世界の自分とあの子がまた巡りあうため。
「カワウソの知り合いらしいから、あまり手荒な真似をしたくないんだけど。わかってもらえる?」
変わらない静寂が返事らしい。つまり答えはノー。
「なら、仕方ないか」
彼は青いオカリナを取り出して構えた。
「起きて、猫娘」
「うにゃぁ……。あれ、鬼太郎? どうしてここに?」
「どうして、ってここは僕の家だよ、むしろ君がどうしてここで寝ているのか聞きたいよ」
「あれ、だってだって、さっき鬼太郎があたしを迎えに来てくれたんじゃない」
「……猫娘、夢でも見ていたの? 僕は今帰ってきたばかりだけど…」
猫娘から話を聞いた鬼太郎は、目玉の親父に彼女を任せて急いでその場所に向かった。その場所は確かに恋人を待つものがいる
ところだし、話し相手を欲しがっていることも知っていたから彼女を近づけないようしていたけれど、誰が彼女を救ったのか。
朝靄のかかった池の周辺には特に変わった気配はなく、眠たい静けさに覆われている。
けれど、一つだけ前と違うところがあった。浅瀬に投げ出された二体の人骨。それは、前にここで心中した男女のもので
あることを鬼太郎は知っていた。新聞や雑誌にも小さく載ったらしいが。
その時、ばしゃりと水音がたった。流木に留まる、一羽の鮮やかな翡翠(カワセミ)が鬼太郎を見つめていた。
「…………」
しばらく視線を交わした後、知らないよ、と呟いて鬼太郎は背を向けて元きた道を戻りだした。翡翠はじっと動かず、鬼太郎から
目を離さなかった。
それから、その場所は前と変わらず美しく魚もたくさんとれる場所であったが、一つだけ前と違うことがあった。
一匹の雄の翡翠が、昼も夜も動かず、同じ場所でなにかを待つようにいるということだった。
(了)
何か身に迫る恐怖!と言うわけではないのに、こう冷たい風が首筋を撫でたようなゾクッとした感じがすごくするんですよっ!! 何でだろう!? 何効果だろうこれっ! すごいっ!
翡翠とカワセミを合わせると言う発想も本当にすごいです!!
柳佳様、お忙しい中だというのに素敵作品本当に有り難うございました!柳佳様の素敵鬼猫ホラーが読めて、自分本当に幸せ者ですっっvvv
猫娘を助けに来た鬼太郎と、彼女を救ったのは誰かと不思議がる鬼太郎。
何かを待つ雄の翡翠と、「知らないよ」との鬼太郎のセリフ。
矢野さんのお言葉にもありましたが、最後のくだりが本当にゾクッとします。
冷たい秋のような恐怖話を堪能させていただきました。ありがとうございましたv