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夢捨て場
日常報告及びネタ暴露専用のブログです
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2009/02/05 (Thu) 09:54

ミクロピュアラブ祭第4弾!!!!!!

皆様お待たせ致しましたあああああっっ!
ミクロホラー祭でも珠玉のssを提供してくださった矢月水様がとうとうこちらに参戦!
題は「想ヒデ」
四期鬼太郎で女の子→鬼太郎だそうですvv

老婆が語る幼き日の想い出…
昔彼女の前に現れたのは、面妖なお面を被った一人の少年だった…!
再びRDGのブログに舞い降りた矢月様ワールド!
さあ、不思議な世界への扉をお開きくださいっ

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想ヒデ

 

 あの夏の夜のことは、今でもよく覚えております。
 ええ、昔の子どもの楽しみに、祭りに勝るものはございませんでしたもの。
 せんない老人の昔話でございますよ。
 ……まあ、それでもお聞きになりたいと?

 

 当時私の住む村には、古い鎮守の森がございました。その森には由来も定かでないような小さなお社がひとつあって、由来も定かでないながら、毎年夏にはお祭りもありましてね。ええ、それはもう楽しうございましたよ。
 ……その頃私ども一家は、村では余所者でありました。時代は高度成長期、父は東京で小さな工場をやっておりましたんですけれども、その波には乗れませんで。
 お恥ずかしいお話ですが、事業に失敗し、借金ばかりを膨れ上がらせ、結局は母方の田舎のその村に、逃げ込んできたと言う次第にございます。
 夜逃げも同然、父はどうにもまずい筋の方たちからもお金を借りていたらしく、私はあちらのお友達に、さようならを言う暇もありませんでした。
 工場の煙ばかりが立ち昇り、川はヘドロにまみれ、子どもの遊び場と言えば鉄条網の張られた資材置き場でこっそりと、が、せいぜいだった私にとって、田舎の村のあふれるような自然やきれいな空気は喜びでしたが、父と母は肩身の狭い思いをしていたようです。
 特に父は、かつては母の田舎に帰るたび、東京の社長さんだと持ち上げてもらっていたものですから、なおさらでした。
 それでも噂好きの田舎の人々の矛先をかわし、慣れない野良仕事も何とか形になって来た頃、我が家にはひんぴんと、黒い車がやって来るようになりました。私はそれごとに家から出され、外で遊ぶように母から言いつけられておりました。
 黒い車から降りてくるおじさんたちは、子どもの目には鬼のように恐ろしく厳つい顔で、よく私の両親を叱りつける声が、家を出ても響いていました。一度など帰ってみると、家の家財道具は荒らされ、父の頬は腫れ、眼の周りには大きな青痣が刻みつけられていたくらいです。
 父と母の回復しかかっていた小さな元気は、すっかりしぼんでしまいました。私の前では二人とも、努めて明るくふるまっておりましたけれど、子どもというのは大人が思う以上に敏感なものです。私は両親の痛みを、我がことのように胸に感じておりましたよ。
 両親は陽の高いうちはいつもと……いえいつも以上に懸命に働き、夜になると細いランプの芯の周りで額を突き合わせるようにして、長いこと話し合うようになりました。時折母のすすり泣きが、それに混じることもありました。
 実は私、その頃のふた親の顔が記憶に定かでないのです。どうしてか私の覚えている両親の顔にはいつも、真っ黒い影が貼りついておりましてね。
 実際そのように見えていたのだと思います。私はこっそり、二人のことを当時流行っていた子供むけヒーロー番組になぞらえて、「まっくろおめん」などと呼んでございました。
 まっくろおめんの薄い切れめのような二つの目は、昼間は笑っておりますが、夜になるとまなじりがぐっと下がって、そこからほろほろと泣きだします。そうして私に聞こえないよう声をひそめて、「もうだめだ」とか、「これ以上は返せない」とか、ささやくのです。(もちろん私は、耳をそばだてておりましたとも)
 そんな日々に、幼いながらも私も、心に鬱屈としたものをため込んでおりました。たまりかねて父と母に、そのお面を取ってくれとせがんだこともありましたが、二人とも小首を傾げ、目線を合わせてくるばかりでした。

 

 じきに夏も盛りという頃でもありました。私はその年、初めて鎮守の森の村祭りに、参加することとなったのです。
 社の前には櫓が組まれ、村の古い倉庫から、太鼓がひと組据えられました。赤いぼんぼりが宙に浮き、テキヤのお兄さんたちが、威勢のいい声を張り上げます。
 私は行きたくてそわそわしましたが、半ばあきらめておりました。我が家にお祭りを楽しむ余裕などないことは、骨身に染みて分かっていました。
 母の親戚に分けてもらったお米と野菜、しかもその大半は私にまわして、自分たちは常にお腹をクウクウ言わせている両親に、何でこれ以上のわがままが申せましょう。
 しかしその夜、父はずいぶん上機嫌で、祭りに行こうと言い出しました。母はほんのちょっぴりだけどお化粧もして、少しバネが外れかけておりましたが、綺麗なサンゴ色の髪留めで、とても久しぶりに髪を結いあげておりました。
「この社の神様は、悪いものを祓ってくださるんだそうだ。だから、な。うちもその霊験にあやかりにゆこうじゃないか」
「たまには美味しいもの、食べようねぇ。ほら、リボンをつけてあげよ」
 母が私の髪に結んでくれた桜色のリボンは、ケーキの箱についていた、人さまからのもらいものでしたけれど、私はそんなこと、ちっとも気になりませんでした。諦めていたお祭りに行けるのです。それだけで、小躍りしたいくらいにうれしかったのです。
 父母の顔は相変わらずまっくろおめんでしたけれど、その夜の私はそれを気にするのはやめにしました。二人がにこにこしているのは、仮面越しにでも十分に伝わってまいりましたから。
 父はいつになく饒舌でした。この社の神様は目がひとつしかないんだとか、だからこそ神様として祀られているのだとか、一つ目の神様は怪童で、どんな恐ろしい魔にも負けないのだとか――そんな英雄譚めいた話を、嬉々として私に聞かせてくれました。
 母は何くれとなく、私の世話を焼きました。このところは食べるものにも窮していたはずなのに、あれが好きだったろう、これも食べようと次から次へと買ってくれ、ついに私が小さなお腹をぱんぱんにすると、良かったねぇと、なぜか涙をこぼしていました。

 

 ……楽しい祭りの時間は、あっという間に過ぎました。今のようにねぇ、どこにでもふんだんに電気の使える時代じゃございませんでしたもの。夜が深くなる前に、灯りや電球の方が、先に根を上げるのでございますよ。
 両親は私の手を引いて、鎮守の森の方にどんどん歩いて行きました。みんなは自分の家へ帰るため、森から離れてゆくというのに反対です。私はなんだか、不安になって訊きました。
「お父さん、お母さん。どこへゆくの。祭りはもう終わったよ。お家はこっちじゃないでしょう」
「お父さんたちのお祭りは、終わらないんだよ」
「そうよ、ずっとずっと続くの。おまえもねぇ、嬉しいでしょう」
 子ども心にも妙だと思いました。そうして両親の顔をとっくりと見た私は、絶叫しました。
 ああ――あの恐ろしさ。今でも忘れはいたしません。
 父の顔も母の顔も、真っ暗でした。それまでは目の部分だけは、切れ込みが入ったように光を放って見えていたのに、今はそこも真っ黒です。そうして口だけがこれは笑いの形にねじれ、ニヤニヤと奇妙に引きつっているのでした。
 私は両親の手を振り切り、逃げ出しました。ここにいてはいけないと、そう強く思ったのです。
 理由? ……なんでしょうかしらね。ああいうのも、虫の知らせと呼ぶのかしら。
 父と母の、追いかけてくる足音が、周囲の木々に谺しました。悲しげに、私を呼ぶ声も聞こえます。それはいつもの、ただ優しい二人のものです。
 それでも私は振り向きませんでした。しゃにむに駆け、脇目も振らずに走って走って、そして眼の前の何かに、鼻からどかんと、ぶつかってしまったのです。
 一瞬、ちかちかと瞬く星が見えました。木にでもぶつかったのかと思いましたが、そうではありませんでした。木よりはずっとしなやかで、そして細いものでした。
「おや。大丈夫かい?」
 そう言って差し出された手が、闇夜に白く光っていたのを覚えております。闇に光る手など、恐ろしくてたまらないはずなのに、なぜ私は何の躊躇もなく、あの手を握ってしまったのでしょう。今思い返しても、まったく不思議なことでございます。
 顎を上げてそのひとの顔を見た時、私は思わずほおっと息をこぼしました。そのひとは、それは綺麗な狐面をかぶっていたのです。
 真っ白な狐でした。目の部分にはあざやかな朱が引いてあり、頬にも同じ朱色のひげ、そして顎の部分には、金箔で毛の流れがあらわされておりました。額には、それとは対照的に銀色で、そっと細やかな渦巻き模様が……ああ、今でもくっきり覚えております。
 少年のようでした。私よりも年上なのは明らかですが、とても大人の男とは言えぬ年齢に見えました。そのことも、たった今怖い大人から逃げてきたばかりの私には、何やら安心のよすがとなったように思います。
 彼は美しい狐面をはすかいに被っていたので、口の部分しかはっきりとは判りません。薄い、優しい形の唇をしておりました。
「迷子かな」
 そのひとは私の方へ、膝を折って言いました。声も優しげで、そして見た目の割にはとても落ち着いておりました。
 私が何も言えずにおりますと、そのひとは私の肩越しに、何かに気づいたようでした。「ああ」と呟き、握ったままだった私の手を、そっと引くように致しました。
「ついておいで。後ろは振り返らないようにね」
 私はごくりと喉を鳴らしました。そうしてうなずくと、とたん――
 ……花火が上がったのでございます。

 

 なんと言いますかね。それは火花と言うよりは、色のついた水を透明な袋に入れて、一気に破裂させたかのようでした。
 いえ、きらきらと光を放ってはいるのです。それも私の腕の辺りや、頭のすぐ上、少年の肩口など――とても近しいところで。
 ええ、それがねえ、熱くもなんともないのでございますよ、あなた。水に触れたように冷たかったわけでもございません。何の温度もなく、見慣れた花火の色合いよりはずっと淡く、大きかったり、小さかったり、たくさんの光の花が……あんなに美しいものを見たのは、生まれて初めてでございました。そして、あれきりでもございましたよ。
 目をぱちぱちさせて、私はその幻のような花火を見上げ――そうしてね、大変びっくりいたしました。気づけば辺りにはまた、夜店が立ち並んでいるのです。
 ここは鎮守の森の中だったはずで、お祭りは社の前の広場で行っていたはずでした。そしてもう、祭りは終わりました。そうだったはずですのに。
 りんご飴売り、綿菓子売りに、お面売り。金魚すくいや輪投げに型抜き――みんな見慣れた屋台ばかりでしたが、どこかがすこうしずつ奇妙でもありました。
 たとえば金魚はビニールの安いプールなどではなく、それは大きな立派な金魚鉢で泳いでいて、覗いてみますと赤い金魚も黒い出目金も、皆ひとの顔をしているのです。
 私が軽く悲鳴を上げますと、少年は「しっ」と私をたしなめ、ゆっくり歩きはじめました。そばを通り過ぎた時、綿菓子屋の綿菓子を包む袋が、こちらを向いて「ケヒャヒャ」と笑ったように思います。
「静かにおし。声を立ててはいけないよ」
 低い、優しい声が言いました。私はもう、子ども心に頼るべき人はこのひとだけだと思い定めておりましたので、闇雲にうなずきました。すると形の良い薄い唇がすっと笑って、「良い子だね」とそう言ってくれました。
 おかしなのは店ばかりではありませんでした。森の中にはいつのまにか夜店を両側に並べた太い道が生じていて、その道にはやはりこれもいつのまにか、先ほどの祭りの賑わいそのままに、たくさんの人が笑いさんざめきながら歩いておりました。その人たちが……いえあれは、人だったのでしょうかしら。
 私の眼には、しかとは映らぬ影のように思えました。そう思ってみると、夜店を仕切るテキヤさんたちもそのようです。皆ゆらゆらと、定まらぬ影の姿をして、そして光る一対の目だけを持っておりました。
(おばけだ)
 幼い私は、まっすぐにこう思いました。今思い返しても、やはりそのように思えます。
 「おばけ」たちは楽しげでしたが、真っ黒で、どろどろしておりました。私はひどく厭な気分になりました。
 なぜと言って……あれらはとても、似ていたのでございますよ。「まっくろおめん」に。

 

 私がそばを通り抜けますと、その影たちは一様に私を見つめます。そして物欲しげに、ぐりぐりとその顔を近づけて来ようとするのです。私は恐ろしくて恐ろしくて、いまにも大声で泣きたいのを、ぐっとこらえているのがせいぜいでありました。
「……平気だからね。怖がらないで」
 少年の声はあくまで優しく、身に着けているその麻の浴衣からは、普通に着物の、嗅ぎ慣れた樟脳の匂いがしておりました。私の住む世界と同じその匂いに、私は不思議と安堵し、大丈夫だと言う代わりに、彼の手をきゅっと握り直したのです。
 狐面の少年は、通りを歩きながら、不思議なことをしておりました。揺らめく黒い影たちが私を追って来ようとするのを払うのはもちろんですが、同じその手で彼らをすっと撫でるようにするのです。
 ……振り返るな、と申しつけられておりましたから、私の見たのは視界の隅で、それもちらりとだけで――しかとな事は申せませんが、何やらその手が指が触れますと、黒い影は薄くなり、そのまま消えていったように思えます。
「仕事なんだ」
 祭りに遊びに来ているはずなのに、そのひとはそんなことを申しました。むろん、私の手を握っていないもう片方の腕で、影たちに触れながら。
 狐面に絶えない花火がきらきら散って、そのひとの動きはどこか舞のように優雅で、子どもと言えども少女な私は、胸がどきどきいたしました。
「毎年この日、ここには悪いものが集まるからね。それも人間好きで、人の真似が好きなのだから困ったものだ」
 私は、父の言葉を思い出しておりました。このお社に祀られている、悪いものを祓ってくださる神様のお話です。その神様は、少年の姿をしていると、父は確かに申しておりました。
(でも、眼は一つだと言っていたわ。このひとのお面の下は、眼がひとつなのかしら)
 眼がひとつ、と言いまして、その頃の子どもの思い浮かべるものといったら、一つ目小僧がせいぜいです。私は顔の中央に、眼がひとつぎょろりと剥いている姿を想像し、背筋の毛を逆立てました。
 ですが、握っている手は優しいものです。ぬくもりはあまりなく、どちらかと言えばこの真夏に冷たいばかりの手でしたが、緊張と恐怖で汗ばみ、火照った私の手には大変に、心地のよい手でありました。
 少年の足取りに不確かな点は全くなく、私は眼がひとつしかなくて、こんなにくっきり歩けるものかとそう思うことにいたしました。おばけなのだから、そんなことは関係ないのだと――ねえ、そう言う内心の声にはしっかりとふたをして。なかなかに、小面憎い子どもでございますよねえ。
 やがて、彼のしたことが功を奏してきたものか、辺りはだんだん暗くなり、夜店も目立たなくなりました。ぽんぽんと咲いていた花火が消えたのに気付いた時だけは、いささか淋しくなりもしました。
 周囲はしん、と静まり返っておりました。まるで少年と出会ったときに、時が巻き戻ったかのようでした。
 私はおろおろとし、少年を見上げました。ですが、彼は私を見てはおりませんでした。
 何を見ているのかと、私は狐面の向く方へ視線を合せました。そして、「あっ」と声を上げました。
「お父さん、お母さん!」
 そこに居たのは、「まっくろおめん」を被っていない、本当に久方に見る、父と母の顔でした。二人は健やかな笑顔を浮かべて言いました。
「ああ、良かった。ここにいた」
「探したんだよ、おいで――」
 私は嬉しく、胸がいっぱいになりました。そして思わず、少年の手を振りほどき、ふた親のもとへ走ろうとしたのです。
 しかし彼は私の手をしっかりと握ったまま、離してはくれませんでした。私は戸惑い、つい非難の眼差しで少年を見ました。でも狐のお面は、やっぱり私を見てはおりませんでした。
「……悪い奴らだ」
 少年が言いました。優しい声に耳慣れていた私には、ぞっとするほど冷たい響きをしておりました。
「絶望に駆られた人にとり憑いて、人死にを増やすような真似をするのはおやめ。この地を穢してどうするつもりだ。ここはおまえたちにとって、浄化の機会を与えられる数少ない神域なのに」
 私は少年が何を言っているのだか、さっぱり理解できなくなりました。また、両親が現れた以上、彼は私の絶対保護者ではなくなっていたのです。
 離してほしくて、私はもがきました。ですが少年は、ひどく強い力で、私をけして解放してはくれませんでした。
「いやだ、離して!」
 私は「声を出してはならない」という約束もとうに忘れ、叫んでいました。いえ、完全に忘れ去ってしまったわけではありませんでしたが、こんな意地悪をする男の子との約束など、反故にしてしまってかまわないと、そう思っていたのでございます。
 お父さんお母さん、と私は助けを求めて両親を呼びました。ですが私の父と母は、最初に浮かべた表情のまま、ただにこにことしているだけです。私はそこで、初めて違和感を覚えました。
「よく見てごらん」
 静かに、静かに少年は言いました。ささやきのようでしたのに、その声はくっきりと、この耳を通して頭の中に、じかに響いてくるようでした。
「あれが君の父さんと母さんかい?」
 私は声にならない悲鳴を上げました。そうです。あんなものが、私の両親のはずがありませんでした。
 二人は私がじっと見据える前で、ぐにゃぐにゃに溶けてゆきました。まるで炎天下にさらされたゴムのように縮んで溶けて、そうして代わりに立ちあがったのは、二人の影――いいえ、「全身まっくろおめん」とでも呼ぶべき、先ほどの祭りでさんざん目にしたあの……妖しく邪悪な影でありました。
 そしてそれらは大きく伸びあがり、私たちを呑みこもうとするように、上から襲いかかって来たのです。
 少年の手が、私の肩を強く抱き寄せました。彼は腰をかがめ、片腕を突き出して、また例の冷たい声で言いました。
「どうやら、浄化するのはお嫌らしい」
 では、と彼が続けた時には、その腕は二つの影の中央を、爪を立てて握り込んでおりました。私にはとても手に触れられるようなものとは思えなかったので、それを布切れのように手でくしゃくしゃにする彼に、ひどく驚愕いたしました。
「――お望みどおり、消え失せろ」
 大きな影は少年の掌に呑み込まれ、ずんずん縮んで引き寄せられて、
 ……そうしてすっかり、跡形も無くなったのでございます。

 

 そのあと、私は恥ずかしながら、わんわんと大声で泣いてしまいました。恐ろしかったのももちろんですが、仮にもふた親の姿をした者の形が崩れ、それもあのように消えていったことが、どうしようもなく悲しかったのでございます。
 少年は黙って泣きじゃくる私の頭を抱き寄せ、痩せっぽちの私の背を、優しく撫でてくれておりました。そして静かに私に教えてくれたのです。
「あれは、君の父さん母さんなんかじゃないよ」
 私はぐすぐすと洟をすすりながら、少年を見上げました。すると彼は小さく笑って、狐面を上へとずらし、私を見ました。
 ……ふふ、一つ目小僧などではありませんでしたよ。すっきりした顔の少年でした。
 でも、薄い色合いの髪に隠された片目は見えませんでしたから、もしかしたら片方は不自由だったのかもしれません。恩人に、そんな不躾なことはね。ええ、子どもだからって、訊くようなはしたない真似はいたしませんでしたよ。
 私を見たもうひとつの眼は、当たり前の黒い瞳でしたが、なぜかじっと見つめていると、心ごと呑み込まれてしまうのではないかと思われました。私は頬が熱くなるのを感じていました。
「泣かないで。大丈夫だから……ほら」
 ひんやりと優しい指が、私の涙を拭ってくれました。そして少年は、私の肩越しを指差して、もう振り向いても良いのだと言いました。
 振り返った背後は、いつもの鎮守の森でした。辺りは真っ暗でしたが、月の光が木々の合間からぼんやりと差し込んでおり、そこに立っているのが誰かを、私に示してくれました。
 今度もやはり、両親でした。私は思わずびくりとしましたが、その肩を少年が、そっと支えてくれました。
「よく見てごらん」
 少年は、先ほどと同じ科白を繰り返します。ですが、両親の顔つきは、先ほどとはまるで違っておりました。
 二人とも、真っ赤に泣き腫らした目をしております。憔悴しきって、必死で周囲をきょろきょろと見渡しておりました。その唇は、何度も私の名を呼んでおります。
 どうやら二人は、眼の前に私がいることに、とんと気づかないようなのです。そして――泣き腫らした目で分かるように、父と母の顔からは、「まっくろおめん」は見えなくなっておりました。
「ちゃんと、君の父さんと母さんだね?」
 低い声が耳のすぐそばでいたします。私はやっぱり、どきどきしました。
 そして、もうしゃべってもいいはずなのに何も言えず、こくこくとうなずくことで、懸命にそれに応えてみせました。
「じゃあ、もうお行き。二度とこんなところに、迷って来てはいけないよ」
 とん、と背中を手で突く感触がいたしました。私は数歩を突かれた勢いでととっと走り、慌てて振り返りました。もう一度少年の顔を見たく思いましたし、何よりお礼を言わねばと、強く感じたからでございます。
 ……ですがね。振り返ったところでそこにあるのはただの闇、月明りがわずかに枝先を濡らすばかりで、森ばかり。何もありはしなかったのでございますよ。

 

「戻った私を、両親は掻き抱いて泣き叫びました。両親の眼には、私は何か白い影に連れられて、どんどんと離れてゆくように見えたのだとか……声をかけてもまるで聞こえていない様子で、半狂乱になって追いかけていたのだそうです。ええもちろん、祭りのことなど、両親は知りません。そんなものは見なかったと、あとで申しておりました」
 心配そうに見上げてくる少女に、老婦人は微笑んだ。辺りには賑やかな屋台が立っているのだが、老婦人の立つのはその入口だ。彼女の姿は、闇の淡いに半ば溶け込み、自身の口にした白い影そのもののように見えた。
「……父も母も、泣きながら言いましたよ。おまえが連れて行かれると思った時、何としても取り戻さねばと思ったと。きっと自分たちが弱い心に負けて、安易な道を選ぼうとしたから、悪い何かが先におまえだけを連れて行こうとしたんだろう、ってね。あの辛さに比べれば、借金の辛さなど何ほどだろう。ああ、帰ろう、もう一度頑張ろうって」
 両親は手にしていたロープを放り投げ、老婦人――かつての少女を抱いて詫びた。そして言葉どおりに働いて、ついには降り積もった借金を、全額返済することに成功した。
 おまけに懸命な姿は人の心を惹きつけるものらしく、筋者の理不尽な利息や借金の返済要求には、様々な人が助け手をくれたそうだ。そのおかげで、連中とはきれいさっぱり、縁を切ることもできた。
「さすがに元の裕福な暮らしとはゆきませんでしたけれどもね。でも私は、幸せな少女時代を過ごせたと思いますよ。やがては平和な結婚もして、両親は可愛い孫の顔を拝めて……むろん私も、娘や息子の子どもの顔を見、可愛がってやることが出来ました。すべてはあの夜、あの彼に出会えたおかげでございます」
 老婦人は懐かしい目つきでもう一度、はっきりとは目には映らない祭りの風景を見渡して、それから傍らの少女に言った。
「叶うなら、もう一度あの花火を見たかったけど……彼にも会いたかったのだけれど、もう来てはならないと言われましたものね。残念だけど、そろそろ時間のようですわ」
 そしてきちんと両手を腹の辺りで重ね、少女に深々と頭を下げた。
「年寄りの長話を、興味深く聞いてくださってありがとう」
 いいえ、と少女は首を振る。短く切りそろえた髪に結った桃色の大きなリボンが、その動きに可憐に揺れた。
「でも、あの……私、そのひと知ってます。ここに連れて来られるかもしれません」
「あら。いいんですのよ」
 ほほ、と夫人は品よく笑う。
「だってね。初恋の想い出は、そのままにしておいた方が美しいと申しますでしょ」
「えぇ?」
 目を見張る少女に、老婦人は頬を染める。そのままその姿は、ゆっくり闇に溶けるようだ。
「初恋と同時に、切ない片恋の想い出でもございます。何と言っても、人でない殿方とではね……」
 それではごめんあそばせと、最期まで品の良い声だった。声が消える頃には、夫人の姿も闇に溶け、どこにも見えなくなっていた。

 

「やあ、ごめん、猫娘。待たせたね」
 やって来た鬼太郎に、ちらと一瞬だけ目線を送り、猫娘はそっぽを向くと小さく答えた。
「平気。今までお婆さんと話してたから」
「お婆さん? 人間かい?」
 眉根を寄せた鬼太郎に、猫娘は変わらず視線を合わせずに言う。
「うん。でも、もう亡くなった村の人よ。昔、このお祭りに紛れ込んだことがあるんですって」
「へえ。……まあ、たまにあることだものな」
「それで?」
 猫娘は腕を組み、ようやく鬼太郎を見た。今の彼は、狐面を後頭部にずらしているので、きょとんとした隻眼が、まっすぐに見返してくる。
「今回の女の子は? ただの迷子だったんでしょ?」
「ああ。無事に社の広場まで送って来たよ。今年はそうでもないけど、ここは昔から、悪いものを引き寄せるから……人の絶望にとり憑いて、自死に導くような奴とかさ」
「そうよね。それで、その女の子に好かれちゃったりするのよね。今日は何度目の初恋かしら」
「は? なんだい、それ」
「別にっ」
 猫娘は、ぷん、とまたそっぽを向いた。子どもっぽい嫉妬だと分かってはいるが、たとえ相手がお婆さんでも、女の人にあんなふうに鬼太郎のことを語られると、やっぱり心がざわざわするのだ。
 つん、と顎を逸らした猫娘を、鬼太郎は首をかしげて見ていたが、やがてぽんぽん、と人の手ならぬ花火が打ちあがり始めた音を捉えると、その唇に笑みを浮かべた。
 影たちから顔を隠すための狐面を被り直し、彼は猫娘の手を取る。
「さ、行こう。仕事だよ。……鎮守の森がなくなっても、社がある限り神域は神域だからね」
「ん、もう。なんであたしまで、付き合わなくちゃなんないのよっ」
 まだ膨れている猫娘を、鬼太郎は極上の甘い声で誘う。本人にその自覚があるのかはわからない。
「……それは、君がいた方が、僕が嬉しいからだろう?」
 猫娘は真っ赤になった。そして同時に悔しくなったが、
 それでもやっぱり、悪い気はしないのだった。

 




--
くっっっはこの松岡の女ったらしめえええええっっっ!!!!!(鼻血)
これ惚れない方がおかしいよ! くそぅ私も連れ去られてええええええっっっ!!!!
松岡の格好良さは勿論の事、今回主人公たる幼き日の老婆…彼女の生い立ちや、その後の事など…もう涙なしでは見られない作品っっ…!
そして最後、鬼猫ファンの心鷲掴みたる締めくくり…っっっ!!!!!
矢月様、本当に素敵な作品を有り難うございました!!
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矢月さまへ
ヒノ 2009/02/05(Thu)16:24:30 編集
老婆の口調で語られる事の顛末。
まるで私も猫娘のように傍で聞いてるかのような気分にさせられました。
あの、老婆の年甲斐もなく照れたような乙女の含み笑いが今でも耳に残ってるよう。
いい初恋・片思いだったんだな~ってちょっとうらやましくなりましたv
御馳走さまですvv
ヒノさんへ
矢月水 2009/02/05(Thu)22:28:42 編集
人様のブログでお返事しちゃってもいいのかな、と思いつつ(汗)
三人称以外はめったに書かないのですが、語り口調系は時々やってみたくなるのです。
お婆さんが少女のように照れているのは、私のツボです(恥)
こちらこそ、コメントごちそうさまでしたv
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