ミクロピュアラブ祭第9弾!
一日お休み頂いて申し訳ないです;;
今回は何と! またまたRDGに差し込む希望の光――矢月水様が参戦してくださいました!
題は「秘恋(ヒレン)」、四期鬼太郎で鬼太郎→猫娘ですvv
やって参りました念願のバレンタイン!
今年も鬼太郎の元に贈られる多くのチョコと……そして現れる彼のお人。
毎年恒例の行事の中で、鬼太郎が親友にとうとうその重たい口火を切る……!
前作に続き珠玉の一作! どうぞ「つづきは~」からご覧ください!
秘恋(ひれん)
池の畔のポストから、樹上の我が家の中にまで。
……甘い香りが忍び込んでくると、ああ今年もこの日が来たのだな、と鬼太郎は考える。
卓袱台に山と積まれたチョコレートに、目玉親父はご満悦だ。日本人の義理堅さは全くありがたいものじゃのぅ、と、毎年お決まりの科白を連発している。
それは鬼太郎も同感なのだが、不可解なのはこの肝心のチョコを梱包する包装紙の、独特な層の厚さと複雑さである。薄紙やら色紙やらで花のように象ってあったり、細いリボンが幾重にも巻いてあったり、その手のかけようときたら並大抵のことではない。
どうせ中を取り出してしまえば、あとはゴミになるだけなのに、何の意味があってこれほど手間をかけるのだろう。不況だ何だと騒いでおきながら、その反面で何とももったいない真似をするものだ。
とはいえ、文句を言う気はさらさらない。食料の乏しい冬に、この行事にちなんで贈られてくるチョコレートは、彼らにとって貴重な救援物資であった。
甘いものは嫌いじゃないが、さすがにこればかりだと胸焼けもするけれど――腹が減って情けない思いをするよりはましというもの。
父がチョコボンボンにかぶりつくのを横目に見ながら、鬼太郎はそろそろだなと考えた。その時の商売が上手くいっていてもいかなくても、人の分け前に預かることは忘れない。意地汚い悪友が、そろそろ……もうすぐ。
「よっ、鬼太ちゃん!」
「……ほら来た」
「へ?」
「別に」
鬼太郎はいらっしゃいも言わずにそっぽを向く。すると、用向きは分かっているくせに、目玉親父が目玉の顔をチョコまみれにしたままで、喰いついた。
「こりゃっ。何しに来たんじゃ、ネズミ男!」
「よぅ、親父。美味そうじゃねーの。どっちがボンボンだか分からんネ」
汚れた足のまま上がりこんできて、ネズミ男は無遠慮に卓袱台の前へ腰を降ろすと、ケヒャヒャと笑った。目玉親父は真っ赤になって、なんだかますます甘そうだ。
「無礼な! 毎年毎年、わしらの貴重な食糧を掠め取っていきよって……このドブネズミ!」
「あっ、ヒッデ! そゆこと言う!? 言っちゃう!? あーっ、おりゃ傷ついた! 親父につけられた傷は、息子に癒してもらわにゃなあ。てなわけで鬼太郎、そのチョコ寄越せや」
「……どういう理屈だよ」
鬼太郎はため息をついたが、特に逆らいはしなかった。毎年のことだ。もはや我が家の風物詩と化している。
せっかく丁寧に折られた包み紙の襞を、繊細さのかけらもない手つきでびりびり破り、さっそくチョコをパクつきだしたネズミ男を眺めつつ、鬼太郎はもうひとつの風物詩もそろそろだなと感じていた。
そう思う端から、パタパタパタと聞き慣れた軽い足音――そして。
「鬼太郎、親父さんっ!」
弾んだ声と一緒に、これまた甘い匂いが飛び込んでくる。
「あ。また、あんた!」
平たい笊籠に、シンプルにラッピングされた包みをいくつか抱えた格好で、猫娘は入ってくるなり顔をしかめた。つかつかとやって来て、身構えるネズミ男の手から、あっさりとチョコを奪う。
「あにすんだよ!」
「鬼太郎んちにはね、あんたに分けるような余分な食糧なんて、これっぽっちもないのよ! これは大事な非常食なんだからっ!!」
――確かにそうだが、猫娘にそうきっぱり断言されると、それはそれで何とも物悲しい気持ちになる。鬼太郎は小さく吐息をついて、ともあれ彼女をなだめようと片手を上げた。
「いいよ、猫娘。それはそいつにあげ……」
「だから、あんたはこれ食べてなさいっ!」
鬼太郎は隻眼を真ん丸にしたし、当のネズミ男は毒を差し出されでもしたかのように、青を通り越して白くなった。目玉親父は、おや、とボンボン仕様の首をかしげる。
「おめ……何の真似だよ、コリャ」
「何の真似って、これがチョコ以外の何かに見えるっ!?」
猫娘は鼻息も荒く、笊籠の中から取り出したチョコをネズミ男の胸に押しつけ、彼の持っていたチョコは、鬼太郎のチョコ山のほうにきちんと戻した。
「毎年毎年、あんたったら図々しいったらありゃしない。ほっとけば、いくつチョコを食べちゃうんだか。鬼太郎が優しいからって……だからあたし、考えたのよ。今年から、あんたの分もあたしが作ってあげるから、チョコは一個で我慢なさい!」
「う、ぅえぇ!?」
「四の五の言わないっ!」
シャー、と化け猫顔で凄まれて、もとより鼠に太刀打ちするすべなどない。ネズミ男は小さくなって、分かりました分かりましたよ、と繰り返した。
ネズミ男がとりあえず大人しくなったところで、猫娘は鬼太郎に目を向けた。とたんに愛らしい少女へとその表情は様変わりする。幼くあっても、女というのは実に魔性の生き物である。
「そういうわけで、鬼太郎にはこれっ。はい。親父さんのはちゃんと小さく作ってきたのよ……鬼太郎?」
猫娘は首をかしげた。鬼太郎は猫娘を凝視したまま、彼女の差し出すチョコを受け取ろうともしない。
「どしたの?」
「あ。いや……いつもありがとう、猫娘」
鬼太郎はハッと我に返ったようにチョコを受け取って礼を言うと、父親の分の小さな包みを、妙にぎこちない仕草で彼へと渡した。
「おぉ。こりゃ美味そうじゃ。すまんのう、猫娘」
「ううん。二人には、あたしこそお世話になってるもん。鬼太郎の、今年はシガレットチョコにしたのよ。そしたら、少しは禁煙出来るかもしれないでしょ?」
「あぁ!? シガレットォ!? 俺のなんざ、たーだ溶かしたチョコを型に抜いただけじゃねぇかよ! ンだこの手抜きっぷり! 詐欺だぜ、詐欺!」
「うるさいわね、あんたは! もらえるだけでも感謝しなさいよ!」
「感謝ったって、ガキんちょのつるぺた猫女のチョコじゃねーか! これで何をどう感謝しろって……」
「言ったわね!」
猫娘は電光石火の勢いで、ネズミ男の間延び面をバリバリと引っ掻いた。文句をつければこうされるのは分かりきっているのに、経験から学ぶつもりはないらしい。
猫娘はヒィヒィうめくネズミ男にふん、と背を向け、ぱりぱりと包みをほぐしだした鬼太郎に気づくと、いそいそとその顔を覗き込んだ。
「お、美味しい?」
「うん」
それから、ちらりとチョコの山に目を配る。今年も真っ先に口にしてくれたのが自分のチョコだと判明すると、猫娘の頬にはゆっくりと朱が拡がった。
「……よかった。初めて作ったから、心配だったんだ」
「君の作るもので、不味いものなんかひとつもない」
鬼太郎は抑揚もつけずに言ったのだったが、猫娘はその答えに、耳の先まで真っ赤になった。あ、ありがと、とか何とかもじもじ言って、間が持たなくなったのか、さっさと立ちあがってしまう。
「……えと……じゃ、あたし今日はもう帰るね。これから妖怪アパートへ行って、アパートのみんなとか、児啼き爺にもチョコ配るんだ。おばばにも、台所貸してもらったお礼しなくちゃなんないし」
「おぉ、妖怪アパートにゆくのか、猫娘」
そりゃ重畳、と、目玉親父が身を起こす。親父はこしこしと目玉についたチョコを包み紙の端で拭くと、猫娘の延べた手に、ぴょん、と身軽く飛び乗った。
「すまんが、それならわしも連れて行ってくれんか。そろそろ児啼きのと一局打ちたいと思っとったんじゃ」
「うん、いいよ」
猫娘は嬉しそうにうなずいて、大好きな親父さんを肩に乗せた。筵をからげ、暇の挨拶を告げる猫娘に続き、目玉親父が息子に向かって小さな手を振る。
「では、ちょっくら出かけてくるからの。ちっとチョコを食べ過ぎたもんで、今夜の食事はわしはええわい。おまえは気にせず、食事を済ませて寝ていなさい」
「はい、父さん」
従順な息子にうなずいて、目玉親父は猫娘とともに去って行った。狭い部屋に残されたのは、鬼太郎とネズミ男の、二人きりだ。
猫娘の言うことなど、初めから上っ面でしか聞くつもりのないネズミ男は、彼女がいなくなったと見るや、遠慮会釈なく鬼太郎の方のチョコ山に手を突っ込んだ。鬼太郎もそれを咎めるでもなく、無関心な視線をチラリと寄越しただけだった。
「……っかし、何だネ」
やがて腹が少しは満足したのか、ネズミ男はチョコをもふもふと咀嚼していた口を止め、代わりに話しかけてきた。鬼太郎は猫娘にもらった分のシガレットチョコを食べ終え、彼女の願いも虚しく、本物の煙草に火を点けたところだった。
「ん?」
「毎年毎年、あーして頬染めてチョコ持ってくる女によぅ。『いつもありがとう』で終わらすたぁ、おめーも罪作りな真似するぜ」
「穿った見方をするなよ。猫娘は毎年、義理だって言ってる。……それと人の口真似はよせ」
へ、とネズミ男は肩をすくめ、ついでに下品なげっぷまでした。
「義理チョコってなァな、ちゃーんと義理に見えるように出来てるもんだっつぅの。俺さまのいただいたチョコなんざ、義理? いやいや、憐れみですかスミマセンネ、みてーな代物だったじゃネーか」
……大方このチョコ山だって、義理の割合はどれくらいだか。
様々に凝ったラッピングを施されたチョコを見てネズミ男は思ったが、そこはなんとなし腹が立つので言わないでおく。
「それによ。義理だってんなら、オメーの態度も、ありゃナニよ? 『君の作るもので、不味いものなんかひとつもない』!? カー、あーいう科白をシレッと吐くんだからオッソロシイぜ。あン時の猫女の顔見たか!? 気ばっか持たせるような真似しやがってよぅ」
「事実だ。それから、もう一度言うけど人の口調を真似するな」
鬼太郎はそう言って、煙草の吸い殻を包み紙に押しつけると、残りのチョコ山を水屋の方へ引き揚げた。さすがに甘ったるい匂いに、胸焼けしそうだったのだ。
「……大体おまえは何でも色眼鏡で見すぎなんだよ。猫娘はまだ子どもだぞ。僕に一番凝ったチョコを寄越すのだって、他に年頃の相手がいないせいだろう。たいした意味なんか、ありゃしないよ」
「ほー。じゃ、あれか。おまえの方は猫娘が誰に何やろうが、気にならねぇってこった。そうだな!?」
「……」
鬼太郎はそれには答えず、チョコと煙草でどんよりとした口の中を、さっぱりさせるために茶を淹れた。ネズミ男が物欲しげに見つめているので、仕方なく彼の分も用意する。
「――っかし、そんじゃぁ猫も可哀想だよなァ。何年かけたって、おめーがそれじゃ報われねぇわ。今年はまー、ムカつくけどチョコも恵んでくれたこったし、俺がそろそろ不毛な恋愛ごっこはやめにしとけって忠告でもしてやるとすっか」
「猫娘は子どもだよ。恋に恋してる、それだけだ」
鬼太郎は湯呑みを置くと、視線をネズミ男の肩口から、窓枠の外へと向けた。いつの間にか空は曇り、空気は冷え冷えと凍みている。……今夜は雪でも降るかもしれない。
「……僕は違う」
「へっ!?」
ネズミ男はきょとんとした顔で鬼太郎を見た。目前の少年は、いつもと何ら変わることのない、無表情だ。
「愛してるよ」
「は?」
あまりにも淡々とそれを言うので、ネズミ男は鬼太郎が、「雪が降るよ」とでも言ったのかと、そう思った。半信半疑で聞き返してみても、見つめる隻眼は揺らぎもしない。
「……僕はあの子を愛してる。もちろん、猫娘の僕に対するそれとは違う。だから、片想いと言うならそれは、僕の方だ」
「あ……ああ、そう」
「でも、僕はそれをあの子に伝える気はない。どうだ。これで満足か?」
何だか尻の据わりが悪くなってきた。からかい半分で、藪から蛇を出してしまったような、そんな心地だ。
ネズミ男は愛想笑いを浮かべながら、いそいそと立ち上がる。
「そりゃまた、なんとも。あ、じゃあネ、俺もこの辺で。ご……ごっそさんっした!」
逃げるようにきびすを返し、半ば逃げるつもりで筵をからげた。が、背後からひたりと吸いついてくる、薄ら寒い気配からは逃げ切れなかった。
「だからな、ネズミ男」
「ひゃい?」
「……言ったら殺すぞ」
地獄の底から響いてくるような低音だった。声音の方は、氷よりも冷たい。
ネズミ男は、背後の気配に、首根を抑え込まれたような気がした。振り向きたくないのに、振り向かないでは恐ろしくていられずに、彼は、ギ、ギ、と、半ば本能に逆らうようにして首をまわす。
――一瞬立ち昇った恐ろしい圧迫感は、振り返ってみるや霧散していた。鬼太郎はいつものとおりの、何を考えているのだか分からないとっぽい表情で、湯呑みをかたむけながら、卓袱台に拡げた新聞紙を眺めている。
凝視する視線を感じた彼は、片眉を軽く上げてこちらを見た。
「まだ何か?」
「や……いや……邪魔、したな……」
「ああ。少しは真面目に働けよ」
ひらひらと振られる片掌に、いつもどおりオメーにゃ言われたくねぇよと毒づいて縁側に出た。が、梯子段を駆け降りる足は、どうしても荒くなる。
その勢いのままに一気に駆け降り、地上に着いても足の運びは緩めることなく、ネズミ男は森へと頭から突っ込んだ。
ようやく人心地がついたのは、森に流れる小川の、さやさやという音が耳を突いて聞こえた時だ。足を止めると、しんしんとした冬の森の寒さが、肌身に沁みて感じられた。
が、身体の中ではまだ心臓が、肋骨を打つ激しさで暴れている。ネズミ男は身にまとう不潔なマントごと胸を抑え、それから一呼吸置いて、ぶは、と息を吐き出した。汗が毛穴という毛穴から噴出する。
(お……っ、おっかねぇぇぇ!!)
殺されるかと思った。いや、あれ以上余計な口を利いていたら、本当にそうされていたかもしれない。ネズミ男はある意味では目玉親父以上に、鬼太郎の後ろ暗い部分の、その多くを知っていた。
だからこそ言える。彼はいざとなれば、顔色ひとつ変えずに言動を実行に移すことが出来るのだと。
――今日は危ないところだった。知ってはいても、ついついそうした部分を逆撫でしてやりたくなるのは、どうにも自分の悪い癖だ。
……まあだからこそ、いつ鬼太郎を裏切ることになったしても、良心の呵責はさほど、感じたりはせずに済むわけだけれども。
「ふー……」
何とか落ち着き、べったりと汗で濡れた狭い額を拭いて、ネズミ男は振り返ればまだ覗く、枝葉の間からの樹上の家を垣間見る。
――愛してるよ。
あんな科白を、ああも無感動に言う奴も、珍しいんじゃなかろうか。
(……にしてもヨ)
ネズミ男は内心だけでつぶやいた。まるでこれだけ離れても、口にすればそれが彼の耳にまで届くのではないかと、そう怖れてでもいるかのように。
(……あんな怖いのも、片想いって言うのかねェ?)
俺が女だったら猫娘にゃなりたくねぇなぁ、などとネズミ男は首をひねる。
ひっそりと秘められた古い森に、ちょうど雪の欠片がひとひらふたひら、内緒の花のように降り始めていた。
了
--
き、来ましたこちらが思わずくらっと来るような松岡のキザセリフ―――――――!!!!!
松岡だから許される……! そしてそれを矢月様が描くからこそ活かされるっっっ!!!!!
そして今回ちょっとデッドオアアライブだった……ネズミぐっじょぶ!!!!!!!//////
親友同士の恋愛話……そして明かされる真実って何かすごく良いですよね! 何よりこの二人だからこそある臨場感と楽しさ!
くあっっ…! バレンタインにアップしたかったっっっっ……!!!!!!;;
矢月様、本当に素敵な作品をありがとうございますvv