ミクロピュアラブ祭第8弾!
今回はRDG初登場! tiara様がなんと作品を提供してくださいましたvv
題は「私は貴方を知らない」
CPは戸田鬼太郎と猫娘、互いにすれ違いの片思い、です!
「さようなら」「またね」
決まり切った文句……ごく自然にかわされる挨拶。
至極普通の…当たり前の行為にも関わらず、それを目の当たりにするたびに猫娘は……
tiara様の珠玉の作品! 「つづきは~」からご覧あれ!
【 私は貴方を知らない 】
沈みかけの燃えるように真っ赤な夕焼けに照らされて、小さな身体には似つかわしくない、長い長い影がアスファルトに伸びている。
離れ難いと名残を惜しんで寄り添う影ふたつと、それから少し距離を置いた影が、ひとつ。
「どうもありがとう、鬼太郎さん」
「どういたしまして、夢子ちゃん」
端整な顔に相応しい美しい微笑を残して、人間の少女は自分の在るべき場所へと帰って行く。
彼女とはじめて出会ってからというもの、数えるのも億劫になるくらい目の前で繰り返されている、見慣れた切ないやりとりだ。
それじゃまたね、と手を振って別れるふたりの間に約束はない。
またね、と言って、次に会えるのは明日?明後日?それとも・・・・。
約束などなくとも懼れることはない。想い合うふたりに忍び寄る不安の影などない。
それは幽霊族の少年と人間の少女だけに通い合う、目には見えない、それでいて強い絆だった。
「さようなら、鬼太郎さん」
「さようなら、夢子ちゃん」
なんと甘く沁み入り、胸を焦がす「さようなら」だろうか。
この声音を自分のものだけに出来るなら、これから先、二度と会うことが出来なくてもかまわない──そんなことを考えて、猫娘は小さく洟を啜った。
そうすると、鼻の奥にツンとした刺激が走ったが、こんなものは猫娘にとっての痛みにはならない。
本当の痛みは、もっと別の場所に閉じ込められていて、絶えず彼女を苛みつづけている。
「またね、鬼太郎さん」
「またね、夢子ちゃん」
門の前で立ち止まった人間の少女は、そこでまた、くるりと振り返る。
きっとまたすぐに会えるであろう少年の顔を、澄んだ瞳に焼きつける。
少年は、この世のものとは思えないようなやさしい目をして、彼女を見つめ返していることだろう。
自分と対峙する時は気難しげに曲げられた口元を、やわらかく綻ばせているのだろう。
そんな穏やかな少年の表情を一度も見たことのない猫娘は、だからそう想像するだけだ。
決して自分に向けられることのない、その、微笑みを。
「猫娘さんも、さようなら」
「あ・・・・うん」
軽やかに告げて、今度こそ門の向こうへと消えた人間の少女の後ろ姿を見送らないうちに、猫娘は身体ごと向きを変えて夕暮れ空を仰ぐ。
太陽は、もう半分以上沈んでしまっていた。夜はじきにやって来る。
最後まで彼女を見送り終えた少年が、ようやくこちらへと意識を移したのが、空気を伝わってわかった。
「帰ろうか、猫娘」
「・・・・うん」
まるで合図のように、カラン、と鳴る下駄の音。
何気なさを装って、空を見上げる自分の横を鬼太郎が通り過ぎるのを確認してから、ようやく猫娘は歩き出す。
彼の先を行くことも、隣に並ぶこともない。一定の距離を置いた後ろから、黄色と黒のちゃんちゃんこの背中を見つめながら帰る、ここが猫娘の定位置だ。
鬼太郎の赤茶けた髪の中には目玉だけの親父様がいるから、ふたりきりではない。
けれど頼みの綱の親父様は疲れて眠っているのか、一向に姿を見せる気配もなく、自分相手では途端に無口になってしまう鬼太郎との重い沈黙を埋めるために、猫娘は仕方なく口やかましい小娘を演じる羽目になる。
「今日の事件は早く片付いてよかったねぇ。砂かけのおばばや子啼きの出番もなかったね」
──あたしの出番も、なかったけど──
「でもさ、一反木綿がいてくれたら、乗せてもらえて帰りが楽チンだったのにねぇ」
──誰でもいい。いてくれたら、鬼太郎の機嫌もよくなるのに──
「鬼太郎も夢子ちゃんも、怪我がなくてよかった」
──役にも立たなかったのに足捻ったりして!あたしのドジ──
時折返ってくる、「ああ」だの「うん」だの、鬼太郎のぶっきらぼうな声。辟易して、呆れ返っているのだろう。
ただ姦しく騒ぎ立てながら傍にいるだけで、きれいなあの娘みたいに包み込むように癒すことも出来ない。
疲れてるだろうに、喧しくしてごめん。本当に、ごめんね。
後ろめたい謝罪の言葉は形にはならない。
──だって、何か喋ってなきゃ──
このうるさい唇を封じてしまったら、代わりに溢れ出てしまうのは、きっと透明な哀しみだろうから。
「・・・・はぁ・・・・」
思わずため息が口をついたのは、果たして自分だったか、それとも鬼太郎だったのか。
真実に目隠しをして、猫娘は彼の傍に在る。
白日の下に曝してしまっては、ずっと抱えつづけているこの気持ちに名前をつけてしまっては、その瞬間から、自分は跡形もなく散り逝く塵芥になるしかない。
たとえば友達なら、友情が終われば別れがやって来る。
たとえば恋人なら、恋心が終われば別れがやって来る。
けれど、幼馴染みなら──傍らの資格を失うことなく、未来永劫、彼の傍に在ることが出来るのだ。
「・・・・あ」
暗く深いゲゲゲの森を抜けると行き当たった分かれ道に、鬼太郎と猫娘はぴたりと揃って足を止めた。
右に曲がれば、鬼太郎の家。左に折れれば、猫娘の家。
もうすっかり日は暮れてしまっていたが、ふたりにとっては何の支障もない。
「じゃ、じゃあね!」
ひときわ大きな声を上げると、猫娘は持ち前の俊敏さを活かして、足首の痛みなど物ともせずに、闇の向こうへと音もなく身を翻す。
別れ際の挨拶に、「さようなら」は使わない。
その言葉を口にするのは、本当の意味で猫娘が鬼太郎の傍から消える時だ。
地獄の果てまでも自由に行き来する鬼太郎ですら手の届かない、魂だけになってでも辿り着くことの出来ない場所に、独り逝く時だ。
「猫娘──」
「おやすみ!」
後ろから投げかけられる鬼太郎の、困惑気味の声に重ねるように大声で返してから、猫娘はもう彼に心を砕くのは止めにして、ただひたすらに夜道を駆ける。
猫娘のよく知る鬼太郎は的外れにやさしいから、送って行こうと思ったのになんだよ、と子供みたいに拗ねて悪態を吐いていることだろう。
そんなことはしなくてもいいのだ。する必要はない。
可愛くて、守ってあげたくなる、か弱い女の子のように。
あの美しい人間の少女と同等に扱ってもらえるほど、綺麗な存在ではない。
──ああ、きっと。こんなに醜い私を貴方は知らない。
──ああ、そうよ。あんなにやさしい貴方を私は知らない。
*****
「・・・・ったく」
赤いジャンパースカートを呑み込んだ闇の一点を見据えながら、猫娘も夢子も、敬愛して止まない目玉親父ですら聞いたことのない、鋭く冷たい声を鬼太郎は吐き出した。
笑って手を振って「また明日」と、ほんのささやかな約束さえ、飢えるほどに掴みたい確かな未来を猫娘はくれない。
切り出すきっかけも与えず、たったひとりで道化を演じて、その折れそうに細い足首の痛みに気づかない振りをすることが、どんなに歯痒いかわかろうともしない。
逃げるように消えた後ろ姿は、何年何十年、何百年経ってもこちらを振り返ることはないだろう。
一度も目を合わさない、決して振り返ることのないあの背中を、あと何年何十年、何百年見つめれば・・・・追いかければいいのだろう。
鬼太郎が本気になれば、猫娘を自由にすることなど造作もないことだ。
逃げる足を切り落とし、涙を流す目を潰し、助けを呼ぶ喉を灼き、縋りつく両腕だけを残しておく。
たとえ物言わぬ、心を持たぬただの肉片になろうとも、それが猫娘であるのなら、無条件に愛を貫くことが出来るのに。
「逃げたければ、逃げればいいさ」
逃がすつもりは毛頭ない。
人間からも妖怪からも、地獄やその遥か奥底に無限に広がる深淵の世界をも知れ渡る、この「鬼太郎」の名に懸けて、きっと追い詰めてみせるから。
──ああ、きっと。それでも君はボクを拒絶しつづける。
──ああ、そうさ。そうしてボクは君をやんわりと閉じ込める。
*****
太陽を掴むほど焦がれても、月に背くほど望んでも。
君は──僕を知ろうともしない。
この身を灼き尽くすほど想っても、永遠を越えるほど傍にいても。
私は──貴方を知らない。
END
--
互いに想い合っているのに……それなのに互いに片思いだと思ってるっっっ……!!!!
恋愛で最も切ない“片思い”のパターン!
それをこんなものっそい作品として読める日が来るなんて……見事テーマに則った作品でした!
ご提供してくださったtiara様に感謝感激ですっっ////
鬼太郎での二次創作はなんと始めてとの事!
それなのにこんな素晴らしい作品を……tiara様、本当に有難うございましたvv