'09年「甘美なる夢を、貴方に」にてMH祭デビュー。
男前な三期鬼太郎と、猫娘の切ない恋模様が特徴
的。今回も十八番の三期鬼太郎で、切なくもおぞま
しいホラーの世界を絵がいてくださった。
酷くやさしい、愛し方
~山吹色(やまぶきいろ)~
(あ、)
何時もより遠回りで帰ろうとしていた猫娘はぱたりと立ち止まる。視線の先には橙色に近い黄色の花がひっそりと、存在していた。
(…こんな季節に、山吹?)
山吹が咲くのは4月頃だと猫娘は記憶していた。今はもう8月も終わるであろう季節。少しばかり季節外れだが、猫娘はその光景に暫し目を奪われる。緑の中でその色は酷く美しく、少しだけ、滑稽に思えた。山吹の花言葉はなんだっただろうか。昔見た花の図鑑を頭の中で思い浮かべると隣には幼い頃の自分と幼馴染みの隻眼の少年が居た。懐かしい想い出は必要以上に輝いていたが、それも所詮想い出なのだ。
猫娘が遠回りした理由。それはほんの些細な出来事だ。件の隻眼の幼馴染み、鬼太郎との他愛もない口喧嘩。原因ももう覚えていない。多分何か自分の中で気に入らない事を彼が云った。そんなどうでも良い事で喧嘩した。
(…阿呆らし。餓鬼かあたしは。…嗚呼、餓鬼だった)
どうにも彼が相手だと客観的に居られない。それが只の意地なのか、この恋慕から来る焦りなのかは解らない。何せ人の何倍も生きてはいるが、猫娘はまだ子供の領域を出る事が出来ないのだ。溜息ももう出し尽くしてしまった。
その山吹の仄かな香りに鼻孔を擽られ、胸の奥を落ち着かせる。
[……]
「ん?」
不意に声が聴こえた様な気がしたが、辺りを見回しても誰かが居る気配はない。
「…気の所為?」
[……]
「じゃないか、やっぱ」
それはどうやら女の声の様で、儚げで酷く不快に思えた。人が落ち込んでる時に限ってこういうものは現れる。そして多分こういう危機の時に限って冷静に居られる自分が居るのだ。その矛盾が猫娘を苛立たせた。
「誰だ」
凛と、鋭く、猫娘は云い放つ。その瞬間、物凄い勢いの風が吹き周りの木々が鳴いたが、山吹だけが花弁の一つも靡かせずにいた。風が止み、猫娘の身体に恐怖が走るが、既に遅かった。あの美しかった花弁が色を無くしていく。視線を泳がせると山吹だった垣根の後ろに静かに居たのは、色を無くした女。女の目は白く濁っていたがこちらをじっと睨みつけているのは解った。口元が動いているが何と云っているか解らない。そして気付く。女の手には、自分の、猫娘の、首。
「…ひ…っ!」
[待ってた、のよ]
瞬時、思う。
(あれは幻覚だ。遠回りなんかしなければ良かった。鬼太郎と喧嘩なんかしなければ良かった。首はまだある。あれは幻覚だ。立ち止まらなければ良かった。幻覚、幻覚。惑わされるな。鬼太郎、ごめん。怖い。助けて。)
後悔と現状が交差して猫娘の脳内が混乱する。逃げなければと思うのに、恐怖がそれを邪魔する。女が一歩、足を踏み出す音。猫娘はそこから動かない。一歩、一歩、女がこちらに向かってくる。女の口元はまだ動いているが声が届かない。滑稽だ。
(あ、)
そうだ、と小さく呟く。こんな時に思い出した。
山吹の、花言葉。
「ずっと、待っていたのよ」
猫娘と女の声が重なる。女の手が猫娘の首を捕らえた。それに抵抗も出来ず込められていく力を只受け止めるしか出来ない。
自分は何て無力なのか。自慢の爪も牙も只伸びただけで何の力も持たない。こんなもの、何の役にも立たない。
(悔しい、な)
涙も出ない。所詮は猫だ。
女の顔はぐちゃぐちゃだが姿だけは人間の形で、それが一層恐怖を走らせる。
[待ってたのに]
(何を)
[あの人を]
(何で)
[愛していたから]
言葉にしていないのに会話が成り立っている。中々シュールだ、と他人事の様に思う。もう爪も牙も伸ばす力すら無い。
(あたしも、終わりか)
小さく、呟く。
「ばいばい」
「バイバイじゃねぇよ」
ごん、と鈍い音と懐かしく感じる声が耳に届く。重い瞼を上げると女の首は有り得ない方向に曲がっていて、そのグロテスクさに見た瞬間吐き気がした。女は吹き飛ばされた、否、蹴り飛ばされた、と瞬時に理解する。誰に、と考える暇も無く見えたのは隻眼の少年。
「鬼…太郎…」
「お前何遠回りしてんだよ。探すのに森の奥迄往っちまったじゃねぇか」
「え、ご、ごめん…」
あの女を蹴り飛ばした鬼太郎は特に気にした様子も無く猫娘を見下ろしている。女は横たわり、動かない。鬼太郎の隻眼が女を捉らえ、猫娘に気付かれない程度に舌打ちした。猫娘の首には女が付けた手の跡がくっきりと残っている。
鬼太郎は辺りを見渡し、あの山吹に視線を送った。あの花からか、と口の中だけで。表情は解らなかったが猫娘には鬼太郎が不機嫌である事だけは解った。まだ怒ってるのかな、と不安が過ぎる。
「猫娘」
突然呼ばれはっとする。
「ちょっと寝てろ」
「は?な、」
何で、と続けようとしたがそれは言葉にする事なく消えた。それと同時に猫娘の身体が傾き、鬼太郎が支える。腕の中には静かに目を閉じて気絶している猫娘。鬼太郎は少しの罪悪感を胸に猫娘の狭い額に口付けた。
「良い夢見ろよ」
猫娘には届かない優しさを、鬼太郎は必死に隠し、彼女を脅かした女には狂気にも似た殺意を向ける。女は鬼太郎にも猫娘と同じ様にその折れかけた腕を伸ばしたが、彼の首に届く事は無かった。
「…あれ…?」
猫娘が目を覚ました時、そこには誰も居なかった。微かに記憶に残る女も鬼太郎も、あの山吹も。
(夢…じゃない、よね)
あれは確かにあった出来事。女の顔も腕も覚えている。鬼太郎が現れた後がぽっかりと記憶が抜け落ちている。
「…待ってたの、かな…」
あの女は、きっと、もう来ない事は解っていたんだろう。だから待ち続けて、人間を棄てたのだろうか。誰かを愛するという事は何と残酷で滑稽なのかと、猫娘は目を伏せる。同時に愛情程の脅威がこの世界にあるのだろうかとも思った。
(あたしも、あんな風に、なっちゃうのかな)
彼を、愛し過ぎてしまったら。自分はきっとあの女になってしまう。それだけが、只、恐ろしかった。
視界の端に見えた山吹の花弁が、酷く、美しかった。
Fin.
乱暴でありながらも垣間見える愛情表現は流石だと思います。
「猫娘には届かない優しさを、鬼太郎は必死に隠し~」のくだりが表現として惹かれました!
山吹に彩られた山と、その中に佇む女、それにシンクロしてしまった猫ちゃん。女の情念が狂気に染まって猫娘を取り込もうとする画像が、ばん、と浮かびました。
やはりここにあるはずの自分の首っ…が! 相手のっ、手に! と言う何とも言えぬ恐怖っ……!
思わず自分の首に触れてあるかどうか確認してしまいました…orz... そして相変わらずタイミング良いです、戸田くん。素敵です……!
今年もすばらしい作品を有り難うございました、しんご様!
『山吹色』のお話にすっごく興味がありました。
純粋に愛していたから待ち続けていた筈なのに…狂気に堕ちてしっまった女の人に、自分を重ねてしまう猫娘ちゃんが切なかったです。そして、鬼太郎さんの俺様で強気でカッコイイ事…v
堪能させて頂きました。ありがとうございましたv