さぁ、引き続きMH祭~夢草紙~第5幕!
今回はMPL祭でも素敵な作品を提供してくださいました! あのtiara様がホラーに挑戦っっ!
この日のために準備してくださいましたっっ////
ジャンルは四期鬼太郎です。
少女に迫り来る悪意は、彼女の運命をどこまでもねじ曲げる。
果たして本当に恐ろしいのは夢か、現実か。
tiara様の見るもおぞましい恐怖の世界! どうぞ「つづきは~」から堪能してください!
※多少グロテスクな表現を含みます。苦手な方はご注意ください
【 インキュバスの戯れ】
美島理加は、今朝見たテレビのお天気キャスターの言葉を迂闊に信じた自分自身を呪いながら、土砂降りの雨の中を走っていた。
大粒の雨は、全力疾走でもつれる足を動かす理加の顔面を、身体を、容赦なく打ちつける。
石礫に全身を貫かれるような痛みに耐えながら、それでも理加は走るのを止めない。
────止まることなど出来なかった。
「・・・・痛ッ!」
がむしゃらに駆けていた理加は、雨粒とは全く異なる硬度と冷たさを持った何かに肩をぶつけた衝撃に、思わずよろめいた。
三歩ほど滑稽なステップでたたらを踏んでから、転倒はまぬがれよろよろと体勢を立て直す。
緞帳にも似た水滴のバリアにかなり視界を遮られていたものの、この足を躓かせるほどの障害物などなかったはずだ。
苛立ちを隠せず舌打ちしながら振り返り、そこに在るはずのない人影を見つけた理加は、ぎょっと両目を瞠った。
「・・・・ア、アンタ・・・・」
後に先にも、細く長くつづく一本道。
前から来る人物に、いくら急いでいたからといって気づかないはずがない。
いったい何処からどうやって現われたのか、そう理加に尋ねさせることは許さずに、大振りの傘に上半身を隠した黒い影が口を利いた。
「────気をつけたほうがいい」
耳からするりと入り込み、ゾクリと肌を粟立たせるには充分な、底冷えのする低い声。
ゆっくりと傾けられた焦げ茶色の傘から姿を覗かせたのは、年端もいかない少年だった。
どこにでもいるようなめずらしくもない小学生の風貌でありながら、ざんばらに伸ばした前髪で顔の左側を覆い、陰鬱なオーラを周囲に振り撒いている。
「き、気をつけるのは、そっちのほうだろっ!」
こんな子供相手に一瞬でも怯まされたのかという悔しさに、理加は生来の勝気さを取り戻すと、頬が熱くなるのを自覚しながら大声を張り上げた。
しかし少年は虚勢を張る理加を嘲笑うかのように、眉ひとつ動かしはしなかった。
つくりものめいた無表情な面に、薄い唇だけが不気味に蠢いている。
「・・・・・・・・君、夢魔に憑かれているよ」
「な、にッ・・・・ワケのわかんねえこと言ってんだよッ、変態!!」
喉が擦り切れるほどの怒声を叩きつけ、理加は脱兎の如くアスファルトを蹴りあげる。
少年があとを追ってくる気配はない。追ってくるとは思えなかった。
それなのに、恐怖に負けて逃げ出してしまった屈辱に押し潰されてしまいそうで、血が滲むほど唇を噛みしめながら、雨に煙る町を駆け抜けた。
**********
下品な笑み、血走った眼、脂ぎった体臭。
近づいて来る存在に虫酸が走る。
────来ないで。来ないで────
────来るな。来るな!────
一緒にカラオケに行ってくれるだけでいいと言ったくせに、いきなり人のスカートに手を入れてくるなんて信じられない。
世界中の人間に相手にされない、冴えない中年男。
最低なヤツ。死んでしまえばいい・・・・!
男の手はすぐそこまで迫っているが、理加は取り乱しなどしない。
なぜなら、今ここで起きていることは、すべて夢だからだ。
夢の中で誰に何をされたって、これ以上自分は汚されたりするものか。
(そうよ、これは夢)
(だって、あの男は────)
そこで、理加の夢は途切れた。
目覚めたのではない。
下腹部に猛烈な痛みを感じて、強制的に覚醒させられたのだ。
「なによっ・・・・これ・・・・っ!?」
眩暈がする程の激痛に耐えながら、理加は飛び込んで来た光景に驚愕を通り越して悲鳴を上げた。
痛みの元である自分の腹部が、はちきれんばかりに膨れ上がっている。
これではまるで、臨月の妊婦だ。
パニックに陥りかけた脳内の片隅で、なんとか思考力をかき集め、助けを呼ぼうと携帯電話に伸ばした右手は、しかし再び押し寄せた痛みの波に空を切る。
「・・・・いや・・・・いやだぁっ・・・・!!」
丸い腹がドクリと脈打つ。
嘘だ。こんなこと、絶対にあるはずがない。
体験したことのない恐怖と痛みに身体を引き裂かれながら、それでも理加にはわかっていた。
有り得ないことが、現実にはじまってしまった。
自分はこれから、この腹の中に巣食う何かを────産み落とすのだ。
「うぅ・・・・!」
額に滲む脂汗が、涙と混ざって耳の中にまで垂れて来たが、かまってなどいられない。
未発達な理加の産道を、抉じ開け、うねりを上げながら、中から這い出して来る。
両手の指が掌に食い込むほど、強くシーツを握りしめた。何かに掴まっていなければ、とても耐えられない。
自然と足は左右に大きく開き、呼吸は乱れ、視界がぼやける。
こんなものが永遠につづいたら、本当に死んでしまう・・・・!
限界を垣間見た瞬間、ひときわ大きな痛みが理加の全身を貫いた。
「うぁ、ああああっ・・・・!!」
めりめりと音を立てて腰が割れ、股が裂けるのではないかと錯覚するほどの激痛。
絶叫に近い声を上げ痙攣する理加の中心から、どろりとそれは溢れ出た。
途端、嘘のように痛みは引き、肩で息をしながらも、上体を起こすのは困難なことではなかった。
恐る恐る覗き込んだ双眸に、はじめに映ったのは、小さなもみじの手。
股に挟まれ、胎盤と血にまみれて、ぴちゃぴちゃと跳ねている。
完全に感覚が麻痺している理加は、それが人間の赤子であることに、思わず口元が綻ぶほどの安堵を覚えた。
自分の生命と引き換えにする思いで産み落とした子。
降って湧いたように突然母となった理加は、それでも我が子をこの胸に抱こうと手を伸ばし、その場に凍りつく。
未だ一度も泣かない赤子。
割れんばかりの大声を張り上げるどころか、笑っている。
その笑顔は────下卑たあの男の笑み、そのものだった。
*********
・・・・ン、ドンドン、ドン!
激しく扉を叩く音に、理加はカッと両目を見ひらいた。
咄嗟に下腹部へと視線を走らせる。そこは膨れてもいなければ、血みどろの赤子もいなかった。
「・・・・・・・・夢・・・・・・・・?」
カラカラに乾いた喉から出た自分の声を聞いて、理加は止めていた息を大きく吐き出し脱力する。
なんという悪夢を見たのだろう。思い出しただけで恐ろしい。
けれど、それもこれも、全部夢だったのだ。
目覚めれば現実の世界があって、自分の日常はなにものにも侵されることはない。
安心すると、周りがよく見え、聴覚も冴え渡る。
「美島さん、美島さん」
しつこくつづくノック音に誘われるように、理加はふらふらと立ち上がった。
六畳一間の安アパート。玄関に辿り着くまで、大した時間はかからない。
ドアノブをまわして扉をひらくと、見知らぬ男がふたり立っていた。
「突然失礼します。美島理加さんですね?」
「はい」
誰だろう?表札もつけていないのに、名前を知っているなんて。
理加に怪しむ隙を与えぬまま、男のひとりが上着の内ポケットから何かを取り出した。
小さくて黒い、いつかのテレビドラマで見たことがある。
そう、あれは・・・・警察手帳。
────足元が、ぐらぐらと揺れる。
ああ、そうか。これも夢なら、早く覚めてくれればいいのに。
理加の願いも虚しく、男の唇は無情にも動き、現実を突きつける。
「警察の者です。夕べ、隣町のカラカラボックスで起きた男性の殺人事件のことで、少々お話を伺いたいのですが・・・・」
*********
「・・・・だから、言ったのに」
カラン、と下駄を鳴らして、アパートの陰から現われた隻眼の少年が、ぽつりと呟いた。
いくら雨で洗い流そうと、身体に染みついた血の臭いは、簡単に消えるものではない。
気をつけろと忠告をしておきながら救いの手を差し伸べなかったのは、世間から正義の味方と呼ばれる自分には似つかわしくない言動であったと、非難されてもかまわない。
「・・・・悪夢はいつか覚めても、現実から逃げることは出来ないよ」
戯れに人間の夢へと入り込み、女に精を注いでは孕ませる────伝説の夢魔。
しかしそれは、所詮人間が創り出した妄想に過ぎないのだ。
本当の闇は、人の心の中にこそ潜んでいる。
────いっそ夢から目覚めないほうが、幸せだったのかも知れないね────
空に広がる雨模様とは正反対の清々しい微笑みを浮かべながら、鬼太郎は蛇の目傘をくるりと翻し、遠ざかるサイレンの音とは逆方向へとゆっくり歩き出した。
END.
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悪夢から覚めても、遅い来る現実という名の恐怖……!
うっわこんな夢見たらマジ無理! 無理ですからっっ!とがくがくしながら読ませて頂きました!
ホラーは初挑戦! とのことですが、も、ものすごいクオリティー!
tiara様、今回も素敵な作品を有り難うございました!