ミクロホラー祭、ラスト行きます!!
最後はお目汚しながら自分が書かせて頂きました…
五期鬼太郎…黒猫で。(あ、待って、石投げないで! お願い!!!)
いえ、もう鬼猫作品はすばらしいものが十分出た!
と思い、自分最後の最後に黒猫挑戦してみることにしました(You Are Fool!!!!)
祭最後の作品に全然ふさわしくないモノですが、興味ある方は是非…
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幻想::
月のない夜は星が良く光る。
月明かりのまぶしさに劣る物の、その小さな輝きの集合体は思わぬ光を下界に注ぐ。
雲がない空を飛ぶのは何とも爽快だ。夜の闇に溶け込むような己の翼を羽ばたかせ、黒鴉は空を泳ぐ。もうそろそろ地獄の入り口が見えてくるはずだが。
と、黒々とした闇の塊たる山々。その覆い被さる木々の合間を、ぽつぽつと点滅する光。
黒鴉は首を傾げた。ここはゲゲゲの森の領域内だから、おそらく人間ではあるまい。しかし人間だったら? 人間が迷い込んだとしたら放っておくのは非常にまずい。もしそうだとしたら、おそらく横丁の英雄をお呼びする必要があるやも知れない。
黒鴉は一気に急降下した。
なるべく相手が何かを見定めた上で、地上に降り立つかどうか選択する。
黒鴉が地上に近付くにつれて、光が徐々に大きくなった。
黒鴉はそこで気付く。
おそらく人工のモノではない。かといって自然界のモノとも思えない。
あれは唯の光では、ない。
あ、と思った瞬間、空を泳ぐ黒鴉の足を、ひゅるりと掴むモノがいた。
黒鴉は思いっきり足を引っ張られ、咄嗟に受け身を取ったものの、何時の間にか地面に転がってしまっていた。
地面が柔らかくて助かった。
とは言え、先程木の枝に引っかけて翼を傷つけてしまった。
何とも情けない。黒鴉は自分の失態に思わず頭を抱えたくなったが、一人で落ち込んでいる暇もない。今は唯、地獄に帰ることが優先されているのだから。黒鴉は立ち上がり辺りを見た。殺気は無かった。殺意も感じられなかった。唯、子供がすがりつくような必死さを感じ取っただけだった。
いたずらをした訳ではないだろう。しかしもう少し心配りというモノをして欲しいものだ。
黒鴉は泥を払って歩き出す。
翼が鈍い痛みを発した。飛ぶのは些か無理か。
血の滲む翼を見て、黒鴉は観念したように歩く。
すると、ぺたぺたと冷たい手が黒鴉のあちこちに触れてきた。手、と言っても手が見える訳ではない。しかし小さな紅葉が、顔に触れるのを感じた。
撫でるような手つきだ。人間ならば悲鳴を上げて駆け出している所だろう。
生憎黒鴉に、この様な状況で悲鳴を上げるような可愛い精神は残っていなかったが。
それにしても鬱陶しい、と首筋に触れた手を払うと、不意に黒鴉の羽が一本、乱暴にむしり取られた。
「いっ!」
思わず声を上げる。途端、酷く癪に障るような子供の笑い声が響いた。
「…っこら!」
黒鴉は思わず怒鳴る。子供とて礼儀と作法はわきまえねばならない。振り返って見ると、むしられた羽がひょこひょこと不自然に跳ねている。笑い声があちこちから響く。一人じゃないな、とうんざりした様子で黒鴉は空を仰いだ。
誰かが袖を引っ張る。
誰かが突如耳元で何かを囁く。
また羽をむしるモノがいた。黒鴉はとうとう懐から使い古された一本の枝を取り出す。黒鴉が息を吹きかければ、煌々と輝く赤い炎がそこに生まれた。瞬間、悲鳴が上がる。幾多もの影が、松明の火の光が当たらぬ闇へと逃げ込む。
そして息を潜めてじ、と恨めしそうに黒鴉を見つめる。黒鴉は嘆息しながら、僅かながら邪気を放つ彼らに話しかける。
「君たちと遊んでいる暇はない。他を当たってくれ」
きっとかの優しい少女ならば、もっと上手い方法が思いつくだろうに。
そう思いながら黒鴉が再び歩き始めると、不意に前方の木陰に人影を発見した。
その姿に唖然とする。
それは確かに、先程黒鴉が脳裡に思い浮かべた……褐色の髪の少女、猫娘とうり二つだったからだ。
思わず頭を抱える。「止めろ」と黒鴉はその姿に、憐憫の瞳を向けながらも呟いた。
「偽りに興味はない」
しかし相手はその姿のまま。あの金色のきれいな瞳で、じっと黒鴉を見つめてくる。嗚呼、胸が締め付けられるようだ。偽りと解っていても、何故ここまで恋い焦がれるのか。
雑念を振り払う。頭を振って、再び顔を上げる。先程より近付いていた。別の木陰に移動して、彼女はこちらをじっと見る。
黒鴉は目を険しくした。いたずらとしても、他者の姿を借りるのは無礼行為。止めろと言っても聞かないのなら…
「いい加減にしろ」
黒鴉は炎を大きくした。
瞬間、光に当てられた彼女の姿が、一瞬露わになる。
その一瞬を垣間見た時……
……黒鴉は、無意識のうちに炎を消してしまっていた。
「―――……」
再び現れる猫娘の姿。
静かに、どことなく哀しげに、どことなく、ばつが悪そうに、泣きそうな顔で、彼女はこちらを見上げてくる。
その皮の下に隠された真の姿。
人なのか、別の生き物なのか。区別が着かない程、哀れなその姿。
何処が足で、何処が手なのだろう。
目玉は何処に行ったのだろう。
唇は消えてしまったのか。
頭部のあれは本当に髪の毛か。
鼻は? 耳は? 全てを空から降る炎に奪い去られたというのか。
黒鴉は枝を戻した。
そして歩き出した。
「私が去るまで、その姿でいなさい」
彼女の瞳が見開かれた。黒鴉はもう少女を責めるのは止めた。おそらく、彼女も笑って許してくれるはずだ。役に立てて嬉しいと、あの方ならば笑ってくれるかも知れない。あの咲き誇る花のように、眩しい笑顔で。
かと思うと、目の前に彼女がいた。
思い浮かべたあの、きれいな笑みを浮かべている。自分の考えを、まるで鏡の様に写してくる。
黒鴉は嘆息した。一体何を求めているのか、目の前のこの存在は。
「何だ。私に何か用か」
少女は笑っている。それは質問に対しての応えではない。未だ黒鴉の脳裡から消え去らぬ、真っ新な笑みを反映しているだけなのだ。
しかし少女には何かしらの意志があった。
故にきれいに微笑みながら、黒鴉の手を取った。
見た目は白くきめ細やかな細い手なのに、感触はざらざらとして、どことなくべとついて、何とも形容しがたかった。
そして引っ張る。
どこかに誘導しようとする。
遊んでいる暇はないと言うのに。
でも彼女の姿で、微笑む彼女の顔で、それで手を引っ張られたら…
情けなや、黒鴉。
己で己を罵倒しながら、黒鴉は少女に引っ張られて森の奥へと進んだ。
引っ張られるがままだった。
少女はこの木の根や草が足をかけようといたずらに待ちかまえる森の中を、すいすいと泳ぐようにして進む。元々闇の中の存在故か、闇夜でも彼女にとっては障害ではない様だった。
少女は微笑む。
もしかしてこの笑みが好きだ、と言うことを知っているかのように。それを学んだかのように。何時までもその表情を貼り付ける。その顔に。
嗚呼、でも考えてみれば、彼女のこの笑みは自分に向けられたことはほとんど無かったな、と黒鴉は思う。
その視線の先にはいつもかの英雄が立ち、戦い、そして笑む。
解っている。
そう、唯自分は、彼女のこの笑みが消えないように。
そこにある笑みを見つめている事が出来るように。
そのためだけに。
ふ、と彼女を見る。
彼女が振り返る。そして笑む。
手を引き、軽やかに舞い、そして笑む。
黒鴉も思わず、その少女に笑みを零した。
--その時。
がくん、とずり落ちる体。
あ、と思った時には、黒鴉の体は既に地面を離れてしまっていた。
***
あれらも確か、大きな翼を持っていた。
きれいな空に一気にゴミが散らばった。
汚くなった。
嗚呼そうだ。
真っ黒だったのだ。
そしてゴミがゴミを吐いた。
汚い汚い流れ星だった。連なった。変な音を立てていた。鳶が甲高い声で叫ぶような音だった。
そして光った。
大地が光った。
嗚呼、唯その一瞬だけは…
朝朱の様に、きれいだったかも知れない。
***
きょとん、と自分を見上げるそれを見下ろす。
黒鴉は本日何度目になるか解らないため息を漏らした。
「私に翼があることを忘れたか」
羽ばたかせるだけで激痛が走るが。
それでも、この小さな体を抱えて浮遊することくらいなら出来る。
自分に抱きかかえられたそれは、非常に困惑した様子でこちらを見ていた。
おそらく、これが本来の“表情”だ。これが彼女の本当の表情だ。彼女の心の表れだ。
黒鴉は痛みに軽く眉を顰めながらも、ふと苦笑を漏らして彼女を見た。
「そんなに飛びたかったのか」
先程も翼をむしり取って…ああ、空から引っ張り落としてくれたのもお前か。
呟く黒鴉に、少女は首を傾げる。そして首をゆるゆると横に振る。
…落としたかった。
彼女はそう言った、と思う。音は聞こえなかった。唯口がぱくぱく動いた。
…全部落としてやりたかった。
黒鴉は頷いた。
「そうか」
そして翼を広げた。
おそらく無茶だろうと思った。でも、やって損はないとも思った。
黒鴉は彼女の体を抱きしめ飛翔した。
翼が真っ赤な血を噴いた。思わず深い傷だったようだ。それでも構わず黒鴉は上昇した。
少女は怯えたように黒鴉にしがみついた。
…落ちてしまえ!
そう叫んだ気がした。
…全部落ちて燃えてしまえ!
そう絶叫したような気がした。構わなかった。
「地上から空は青く見える」
黒鴉はぽつりと呟いた。見上げる空は、何処までも青くて。
「だが空から地上は、七色に輝いて見える」
そして止まった。
もう十分だろうと思った。
くるりと回って、そして止まった。
少女に、下界を見せた。
黒々とした世界。遠くに輝く人工の光。黒鴉が彼女に見せたいのは何も闇ではない。
「ご覧」
黒鴉はす、と東を示した。
ちょうど良い時間帯だった。
一瞬眩しく地平線が輝いたかと思えば、眩い光のヴェールが伸びる。伸びる。世界を、包む。
モノクロの世界が、鮮やかなカラーの世界に変化した。
それはもう、一瞬で。
魔法のように。
奇跡のように。
二人の顔に日が差した。
黒鴉は少女の耳に囁いた。
「落ちてしまえば良い?」
少女は暫く、凍り付いた様に世界を見つめていた。
少女の姿は既に己の想い人ではない。人かそうでないか、区別が付かない様な、真っ黒な何かだった。
でもそれがゆるゆると首を横に振った。
静かに振った。音もなく振った。
目と思われる虚空に、涙が溢れ、流れた。
少女は黒鴉の首筋に顔を埋めた。その体を強く抱きしめた。
「きれい」
確かに少女はそう呟いた。
今度ははっきり音としてとらえた。
「それは…良かった」
限界、だった。
「!」
少女がはっと息を飲むのが聞こえた。
その小さな手が、黒鴉の袂を握る。それが黒鴉に命じる。羽ばたけ、と。
しかし黒鴉の翼は、既に感覚を失ってしまっていた。
徐々にスピードを増し、降下する体。
少女が黒鴉の袂を懸命に引っ張る。
必死に何かを叫ぶ。伝えようとする。何を言っているのか解らない。
安心しろ、と黒鴉は呟いた。
少女の頭を抱え、地上に背を向けた。
「お前だけは傷つけない」
少女が絶叫した。
その瞬間、多くの衝撃が黒鴉の体に襲いかかり、黒鴉は一瞬で意識を手放した。
***
落としてやりたかった
そうか、と黒鴉は呟いた。
全部落ちて、燃えてしまえば良いと思った
そうだろう、と黒鴉は答えた。
でも、落ちるのは
少女がす、と下を示す。
どうせ燃えるのは、ここなんだ
ならば自由に羽ばたき続け…
一生空から戻らなければ良い、と最後に少女には呟いた様だった。
***
「…ろ…ん……」
誰かが呼んでいる。誰かの手が触れている。温かい。何だかとても、久しぶりに感じる暖かさだ。
「黒…さん」
とてもきれいな声だと感じた。自分はこの声がとても好きだと感じた。
「黒鴉さん…黒鴉さんっ!」
この手が、この温もりが、全てが愛おしい。
そう思って、黒鴉は静かに瞳を押し開けた。
「黒鴉さん! しっかりしてっ…」
今にも泣き出しそうな、きれいな顔。
嗚呼、でも自分が求めているのはそんな顔ではなくて。
「猫…娘殿」
声を出すだけで全身に電撃を喰らったような衝撃が走った。黒鴉は呻いた。猫娘はそんな彼の体を支えている。彼の頬を、その細い両手で包み込むようにして、顔をのぞき込んでいる。
黒鴉は何とか苦笑を漏らした。
「お久しぶりです」
猫娘は一瞬その柳眉を跳ね上げた。
「そんな事言ってる場合じゃ…一体どうしてこんなっ…」
「仕事の一端です」
ふう、と息を吐く。
…あの少女の姿は何処にも無かった。
「猫娘殿は、何故ここに…?」
彼女の温もりに些か夢見心地で黒鴉は尋ねた。
猫娘は一瞬その問いに目を見開く。そして何やら逡巡した後に、ぽつりと呟く様にしていった。
「わ、“私”が、呼びに来たんだけど…」
信じてくれるかなぁ、と呟くので、黒鴉は思わず「そうでしたか」と笑いながら答えた。
猫娘はきょとん、と黒鴉を見つめる。
しかしすぐに合点がいったのか。ふと瞳を細めて彼女は尋ねた。
「知り合いだったの?」
「いや…まあ、そんな所ですね」
言葉を濁す黒鴉に、この時猫娘はくすくすと笑った。
肩を震わせて笑った。酷くそれは…黒鴉の心に潤いを与える笑みだった。
じんわりと、心に染みる笑みだった。
「何だか黒鴉さん、一仕事終えた、って顔してる。きっとそうなんでしょう?」
黒鴉ははて、そんな大儀なことはした覚えはないが、と考えたが、まあ、そうなのだろうか。
出来るだけの事はやった。
後は彼女次第だ。
自分は霊媒師ではないのだから、専門外だ。
ため息付く黒鴉に、猫娘は益々笑みを深める。
傷だらけの頬に触れ、空いている手で木の葉の着いた髪を撫でる。そして彼女は小さく囁く。
「もうすぐ鬼太郎達が来ますから、少し休んでてください」
烏を使って呼んでおいたの、と告げる彼女に、黒鴉は「面目ありません」としか言えない。
そんな彼に彼女は笑って言った。
「真面目な黒鴉さんの事だから、本当に一生懸命頑張ったのね」
そして、とても優しい手つきで頬を撫でる。
その温かく、何と心地よいものか…
静かに黒鴉は瞳を閉じる。
そしてその時、黒鴉は翼に何かが触れるのを感じる。
目を開ける間もなかった。
それは黒鴉の羽を一本、乱暴にむしり取ると、足音も立てず黒鴉の側を離れて行ってしまった。
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もう良い訳は何もしません。