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デューラーの『祈りの手』を見ている時、隣にいた友人のYがふと私に言った。
「昨日、お前夢に出てきたよ」
何でもはじめはただ荒野をとぼとぼと歩いていた様だ。
枯れてやせ細った木がまばらに生える、茶色の大地。風はなく、それなのに空の雲はものすごい早さで前から後ろへと移動する。
その荒涼たる大地を歩いているうち、地平線に白い雪原が見え始めた。
そこに私は立っていたと言う。
「すっげー青ざめた顔でオレを呼ぶんだ。手招きするんだ。とにかくもう、来てくれといわんばかりに」
何かあったのだと思ったらしい。彼は走り出し、少しずつその雪原に近づいていく。
どうした、と私に声をかけながら近づいたらしい。そのうちに、少しずつはっきりしていった。辺りの景色が。
ぎりぎりまで雪原に近づいて、そしてそれに気付いた時彼は立ち止まった。
思わず足が止まってしまった。そう言って彼はこちらを向いた。
「雪だと思ったら、それ全部……手だったんだよ」
真っ白な手が、地面から無数に伸びている。そして風にたなびく草のように、波に揺れる海草の様に、それはゆらゆらとYを手招きした。
私はそのど真ん中にいて震えていた。
見れば、私の二本の足は、その大地から生える二本の真っ白な腕に、しっかと握りしめられていたらしい。
「……それで、どうしたんだ」
尋ねれば、彼は笑って言った。
「わり、怖くて逃げた」
お前置いて逃げた。「待てよぉっ。置いていかないでくれよおっ!」と叫ぶ私の声が、今でも耳から離れないと言う。
薄情な、とは思ったが、もし逆の立場なら私も彼を見捨てたろう。
だから黙っていた。ふと私が見下ろす先、彼の足。そして、隣の私の足。
靴下に隠れて見えないが、その足首にしっかりと真っ赤な手形が付いていることを。
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白と黒ってそれぞれ別次元の怖さがあると思う。