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夢捨て場
日常報告及びネタ暴露専用のブログです
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2009/08/11 (Tue) 16:47

とうとう残り本日を含めて5日となりました!
MH祭~夢草紙~ 第13幕

今回はなんと! tiara様のオリジナル作品!!
前回鬼太郎でおどろおどろしい世界を魅せてくださったtiara様が、全く違う雰囲気で作品を提供してくださいました!

穏やかな風が吹くある夏の日……
堅気な男と従者の語らいの中心に、彼女はいた。

tiara様の切なく胸を打つストーリー! 「つづきは~」からご覧くださいっ!

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咲かせてください。

あなたの心の片隅に、そっと。

 

 

【 百合のかほり 】

 

 

チリン、チリン。

撫でるように通り過ぎる生温い風が、風鈴を静かに揺らしていく。

濡れ縁に座り込み、ぼんやりと庭を眺めやりながら過ごすには、一日は長すぎる。

 

「寂しゅうございますか」

 

遠慮の欠片もなく投げ掛けられた声に、(そう)一郎(いちろう)はビクリと肩を揺らす。

声の主を確かめるために振り返る必要はなかった。

誰だ、と問わずとも、この屋敷にいる人間は自分と彼女以外にいないのだから。

 

「・・・・喜久乃(きくの)。おまえ、まだ出て行ってなかったのか」

「何故、私が出て行かなくてはならないんです?」

 

惚けた振りをして話を逸らすのは、喜久乃の昔からの得意技だ。

かれこれ二十年以上────物心ついた頃から傍にいる彼女に改めて歯向かう気にはなれずに、湊一郎は黙って視線を庭へと戻した。

広大な敷地内に門を構える豪壮な日本家屋に相応しい、雅趣に富んだ庭園は丁寧に整えられている。

それでも湊一郎はこの庭を見るたびに、言い様のない侘しさに襲われるのだ。

 

「ひとつ、お花でも植えましょうかねえ」

「何の為に?俺とおまえしかいないこの家に、花なんて必要ない」

 

さも名案だと手を打った喜久乃を嘲笑うように、湊一郎はにべもなく言い放つ。

驚きも咎めもせず、冷酷な言葉を吐いた湊一郎を、喜久乃はじっと見つめている。

いっそ責め立ててくれれば楽になれるのにと、愚かな責任転嫁にひどい嫌悪を覚えるのは、これがはじめてのことではない。

 

────()百合(ゆり)────

 

突き上げる嘔吐感を堪えながら、胸中で彼女を呼ぶ。

一度も蕾をひらくことなく散り消えた、百合の花のように儚い妻の名前を。

 

「・・・・花なんて、咲くもんか」

 

家格が釣り合う、ただそれだけの理由で迎えた、名家の箱入り娘。

群を抜く才気があったわけでも、目を瞠る美貌を備えていたわけでもない。

両親の言いなりに嫁いで来て、良家のお嬢様らしく家事の役にも立たず、無愛想な夫にも不平不満を洩らすことなく、にこにこ笑って座っているだけの女だった。

青白く透き通った肌は病的で、生まれついて健康に見放された脆弱な身体は、想像に違わず針の筵にも似たこの屋敷での生活に耐え切れず、夏の盛りに床に臥せると、秋を待たずに萎れるようにこの世を去った。

わずか一年半の、余所余所しい新婚生活。

早百合という女の人生に、如何ほどの値打ちがあったのだろう。

 

「植えてみなければ、わかりませんよ?」

「わかるさ」

 

決めつけ即答する湊一郎からは、小首を傾げる喜久乃の姿は見えない。

彼の視線は、はじめからそうであったように、庭の一点に注がれていた。

 

────私、百合の花になります────

 

死んだ早百合が夢枕に立ったのは、葬儀を済ませたその夜のことだった。

てっきり恨み言のひとつでも言いに出て来たとばかり思っていたのに、夢の中の早百合は生前の彼女そのままで、変わらぬ柔和な笑みを口元に浮かべていた。

 

────百合の花になりますから────

 

それだけ言って、早百合は消えた。

湊一郎の帰宅を待たずに旅立ってしまった臨終と同じように、別れのひとつも言う暇を与えずに。

目が覚めても彼女の姿は鮮明に残っていて、もしかしたら早百合が本当に戻ってきたのではないかと、埒もない錯覚を抱くほどだった。

募る想いがあったからこそ、叶えたい願いがあったからこそ、肉体を失ってまで現われたはずだろうに、彼女は百合の花になると告げただけで、結局謎だけが残された。

何も求めず何も望まなかった女は、夢の中でまで、こうも無欲なものなのか。

 

「俺が植えてみたんだ、気紛れにな。あいつの見舞いにと贈ったら、おまえにこっぴどく叱られたあの花を」

「奥様のお見舞い・・・・ああ、カサブランカですか」

 

名前など知らない。

花など買ったことがなかったから、どれを選んでいいかもわからなかった。

店員に今が盛りの美しい花を頼むと言ったら渡された花だったのに、こんな匂いのきついものは見舞いには向かないと、けんもほろろに一蹴されたのだ。

 

「ちゃんと、お見舞い用だと話されたらようございましたのに」

 

それでも早百合はひどく喜んで、どうしても枕元に飾ると言って聞かなかった。

必死にせがみ願う妻を見たのは、思えばあれが最初で最後だった。

贈られた花がうれしかったのか、よほどあの花が好きだったのか、今となっては知る術もない。

だから彼女が夢に現われた次の日、もう一度カサブランカを買って来て、庭の隅に植えたのだ。

しかし花は根付かず、新しい芽を出すこともなかった。

 

「なあ、喜久乃・・・・おまえはどう思う?」

「なにがでございます?」

「あいつが成仏してないって噂だよ」

 

湊一郎は知らなかったが、短い縁で妻を失った彼に周囲が気を揉んで、まだ若いのだからとしきりに再婚話が持ち上がっていた。

そこに名を連ねる女性たちは、揃って早百合の実家に勝るとも劣らぬ名家の出身ばかりだったが、いざ見合いの段取りになると、決まって怪我をするか体調を崩すかで、まとまった話はひとつもない。

はじめこそ単なる偶然だと笑い飛ばしていたうるさ型も、三人四人、五人六人とつづくうちに気味悪がって、湊一郎に縁談を薦めるものは誰ひとりいなくなった。

そうなると噂の独り歩きは止まらず、夜になると早百合の霊が出てすすり泣くだの、若い女はとり憑かれ殺されてしまうだの、あることないこと広まって、親の代から仕えていた者はもちろん、喜久乃を除いたこの屋敷の使用人はすべて出て行ってしまった。

 

「言いたいことがあるなら、出て来てくれればいいのにな」

 

夢に見たのも、あれ一度きりだ。

百合になると言ったくせに、花も咲かせず。

 

「いや、俺なんかに会いたくないか・・・・」

 

具合が良くないと、あの朝喜久乃が言ったのに、仕事を優先して家を出た。

鳴りつづける携帯電話に気づかずに、看取ってやることすら出来なかった。

形式上のやりとりで迎えた妻だと、名家の娘だから大切にしているのだと、床の間の飾りとして奉られていればいいのだと、そう勘違いさせたまま────死なせてしまった。

 

「俺は・・・・うれしかったんだ」

 

怨まれて当然だと思っていたのに、夢にまで会いに来てくれた。

けれど今では、あれが夢だったのかも疑わしい。

死を受け容れることができず、失った事実が信じられず、狂おしいほどに今更彼女を求める己を慰めたかったが故の、ただの幻に過ぎなかったのかも知れない。

けれど、それでも良かったのだ。

おどろおどろしい怨霊となってでも、地獄に引き摺り込む悪霊となってでも。

姿を見せるのが嫌なら、そう、たとえば、あの風鈴を揺らす風になってでも。

 

────会いに来てくれるなら、なんでもいい────

 

「・・・・奥様は、傍にいらっしゃいますよ」

 

小刻みに震える湊一郎の背中に向けて、喜久乃がやさしく口を切る。

悲しみの魔法をかけられた、彼の目隠しを解くために。

 

「旦那様の周りには、いつも、百合の良い香りがいたします」

 

死の床で見つめた、あの見事なカサブランカのように。

気の利いた言葉ひとつ言えない無骨な夫の、不器用なやさしさを土壌にしっかりと根を張って、誇らしげに花弁を揺らして咲いている。

 

────私、百合の花になります────

────百合の花になりますから────

 

「・・・・そうか・・・・」

 

湊一郎が、俯いていた顔を上げる。

大きく息を吐き出して、もう一度、自身に言い聞かせるように、そうか、と呟いた。

 

────時々は思い出して、眺めてやってください────

 

名前と同じ、美しい百合の花になって。

湊一郎の心の中に、いつまでも在りつづける。

 

「早百合は、ちゃんと咲いてくれていたんだな」

 

その声に応えるように、縁側に吊るされた風鈴が、チリン、チリン、と涼やかに鳴った。

 

 

END.



--
漱石「夢十夜」の第一夜をモチーフに書かれたそうです!!
しかもオリジナル!
tiara様のオリジナル拝見したの実は始めてっっ!!////
ああこのしっとりした感じがっっっ……夏の暑さの中にひっそりとある悲しさとか、涼しさとか……とにもかくにもなんて素敵な世界!
テーマの新たな一面を見せるストーリー、tiara様、本当に素敵な作品を有り難うございました!
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