ミクロホラー祭第12弾!
今回はわたくし矢野がお送りします♪
五期鬼太郎…と言うより猫娘…。
こうなったら意地でもきりの良い15弾までは行きたい所っ!!
それでは鬼太郎ss、「プール」、興味ある御方はどうぞvv
↓↓↓
プール::
--…誰もいないかな。
プールカード片手に一人で歩く。
…いないだろうな。今日そんな暑くないし。
どんより空を覆って、太陽を隠す雲を見上げる。
何だか憎らしい空模様だ。
--でも、泳ぎたいし。
何が何でもこの夏は、25メートル泳げるようになるのだ。
…握り締めるプールカードは、夏休み開始から今日まで、誰よりも多くのスタンプが押されていた。
***
稔は呆然とその光景を見た。
確かに聞こえる喧騒。
フェンス越しに垣間見える水しぶき。
走り回る水着姿の子供達。
何だ、たくさんいる。
みんな来てる。
いそいそとサンダルを脱ぎ捨て、汚い階段を駆け上る。
気怠げな監視員のお兄さんが、こちらを見て手を伸ばした。握り締めてあとが付いた、プールカードを差し出せば、その人はぽん、と「出」のはんこを押してくれる。驚く程鮮明な、「赤」で。
礼を言って更衣室に駆け込んだ。
む、と立ちこめる熱気。
元々水着は履いていたので、もう後は脱ぐだけで良い。
バスタオル、ゴーグル、そして水泳帽。
準備は万端。
さあ行くぞ。
更衣室から飛び出せば、わっと広がる青空。
強い日差し。水がその強い光を反射する。目が眩むような輝き。
絶好のプール日和だ。
絶叫上げてプールに飛び込む少年を、怒鳴りつける監視員のお兄さん。
もぐりっこしよう、と女の子達がプールの端に集まっている。
足だけ水につけておしゃべりをしている子もいる。
第6コースは泳ぐ練習をする人の為のコースだ。きれいな列を作って、クロール、平泳ぎ、背泳。みんな練習している。
自分の目的はその第6コース。
ぶる、と手足を振って、バスタオルを掛けに走る。
「走るな」
注意されて早足に。
バスタオル掛けはフェンスのすぐ側、プールの縦脇に設置されている。
いつもがらがらのバスタオル掛けは、木陰にある物だ。プール脇の大きな桜の木。今は瑞々しい緑の葉を、自慢気に振り乱す桜の木。
この時期は毛虫やら虫が酷いので、誰もそこには掛けたがらない。だから空いている。今日もそうだ。
虫がいないことを十分に確認してから、バスタオルを掛ける。
よし、泳ごうとゴーグルに手をやった。その時。
「入るの?」
不意に掛かった声に、稔は辺りを見渡した。
首を回し、体を回して四方八方を見ても、知人の姿は無い。ついでに、自分に話しかけたそぶりの人間も見当たらない。
はてさて空耳か。首を捻る稔に、小さな笑い声が降りかかる。
そして稔は気付いた。
自分たちに影を為す、巨大な桜の木。その葉と葉の暗闇に、金色に光る二つの目。
--猫。
思わずぎょっとした。
違った。
人だった。
益々ぎょっとした。
桜の木の枝に、腰掛けているのは女性。
橙の髪に、桃色のリボン。ひらひらと振る足は白く長く、自分よりは確実に年上と見る。
まず何でこんな所に人が。
混乱に目を白黒させる稔に、彼女は再び尋ねる。
「プール、入るの?」
こんな天気なのに。
彼女はそう言った。
何を言っているのだろう。こんな絶好のプール日和に。
「---あんた、誰?」
怪訝な顔をして尋ねれば、彼女は艶やかな唇を弓なりにして答えた。
「私? 私は、プールの監視員」
じゃ何で木に登ってるの。
また尋ねれば彼女は飄々と答えた。「よく見えるから」。
稔は唇を尖らせた。
何が何だか解らない。ちょっと頭がオカシイ人かも知れない。いいや、プールに入ってしまえ。
ゴーグルと帽子を着けながら、水に飛び込もうとした彼に、その人は突然厳しい声を出した。
「待ちなさい」
振り返る。彼女は細い指をピンと立て、その場でくるりと円を描きながら婉然と微笑んだ。
「まずは準備体操」
思わず「ちえ」と舌打ちする。
日向は暑いから、その変な人の足下に来て、準備体操をする。
さあ良いかとばかりに相手を見上げれば、またきれいな笑みを浮かべてくるりと彼女は円を描いた。
「シャワー浴びて」
しっかりね。
ちゃんとちゃんと、頭冷やしてらっしゃいな。
訳の解らない事を言う。
苛々としながら稔は彼女を睨め上げた。彼女はまだ微笑んでいる。
でも確かに、シャワーを浴びないと行けないな。
不意にそう感じて、稔はシャワー室に行った。
蛇口を捻る。今か今かと待ちかまえていた水達が、今だと号令を掛けて襲いかかってくる。ああ、その何と冷たいことか。
あれだけ暑かった体が、あれだけ火照った体が、一瞬で冷める。
がちがちと歯が鳴る。
嗚呼寒い。寒い。
早く日向に行こう。暖まろう。
シャワー室を飛び出す。
飛び出してはたと気付く。
今日、何日だっけ?
「8月15日」
頭上から声が掛かった。
見上げる事は出来なかった。
目の前の光景に愕然として。
「お盆休みよ」
付け足すようにそう言って、そのお姉さんは嗤ったようだった。
稔は唯凝視する。
すっかり冷めてしまった体を、ぶるりと震わせる。
あんなに混雑していたプールには、稔以外の誰もいなかった。
呆然と立ちすくむ稔を嘲笑うかのように、空からぽつぽつと雨が降り出す。
監視員と名乗った彼女がくすくすと笑った。
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でも今日は20日です。