ミクロホラー祭第10弾!!!
記念すべき10弾を語ってくれる方は、なんとなんと矢月 水様です!!(ばんざーいっっ!!
今回もまた、ボランティア精神で鬼太郎がカウンセリング!(謎!
RDGのブログに麗しの矢月様ワールド(←勝手に命名)が花開きます!!!
さあ、…氷舞う真夏の世界をとくとご覧あれ…!
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陽炎::
……見えるんだよね、と、その若い男はつぶやいた。
炎天地を舐める昼間、である。海岸ぶちの防波堤を、しらじらと真っ白な太陽が灼いている。
彼はその防波堤の作るわずかな影の中に、両手足をまるく納めて座していた。
――見えちゃうんだよね。
もう一度そう繰り返し、男は汗で湿った指先を、海岸沿いに長く続く道へと示す。
「ほら。あの辺にさ。ゆらゆらっと。……な? 見えるだろ?」
「ああ。道の先がゆらめいて見えますね」
陽炎でしょう? とそう返すと、男は力なく首を振った。
「違うんだなぁ。そんなもんじゃないんだよ。あんたは見えるんじゃないかと思ったんだけど」
俺の見込み違いだったか、と、残念そうに息を吐く。突き出た肩骨が硬そうだ。ひどく痩せた男だった。
「じゃああなたには、何が見えるというんです」
問い返してみると、男は落ち窪んだ目を、とたんに明るく輝かせた。
「何ってあんた、そりゃきれいなもんさ。夢みたいなカンジだよ」
落ち窪んだ眼だが、妙にぎょろりと大きくも見える。頬が削げきっているせいかもしれない。
夢見るように男は語る。話を訊く相手など、まるで意には介してないかのようだ。
脳天をジリジリと太陽光が焼く。
暑い……。
この夏の初め、彼は彼女に振られてしまったのだそうだ。
振られた原因はどうでもいい、と彼は言った。つまらないことだったから。
けれども、そのおかげで、彼女と来るつもりで予約していた旅館へは、一人で来る羽目になった。キャンセルしても良かったのだけれど、なんだかそれも悔しくてね、と、苦笑する。
しかし実際にこうして来てみて分かったが、男の一人旅ほど侘しいものもない。選んだ旅行地が、カップルで賑わう海辺であったことも災いした。もともと、彼女と来るつもりでここにしたのだから、仕方もないが。
早々につまらなくなり、旅館の料理に舌鼓を打ったあと、翌日の早朝には、帰ることに決めてしまった。せめて束の間の旅情だけでも味わうかと、人気のなくなった海岸付近へ、深夜近くに散歩へ出かけた。
すると、美しい女性に出会ったのだ、と言う。月の光に照らされて、その彼女は、この道の先に立っていた。今時珍しい、腰にまで伸びた長い黒髪。白い清楚なワンピース。
とにかく浮世離れした人なんだ、と、男は話す。興奮気味に。
こんばんは、と声をかけると、にっこり微笑み返してきた。しかし、そばへ近づこうとすると、近づいたぶんだけ遠くなる。逃げてしまう。
追いかけたい衝動に駆られたが、それでは変質者と思われかねない。彼は我慢し、その代わり、翌日に帰る予定を改めた。
日中、足を棒のようにして、昨夜の美人を捜し求めたが、出会うことは出来なかった。ただ一瞬、立ち昇る陽炎の中に、彼女の漂う影を認めたような気がしたけれど、手を伸ばせばたちまちのうちに消えてしまった。
……夜中、同じ道の半ばで彼女を見つけた。そしてやはり、どんなに近づこうとしても叶わなかった。
声をかければ微笑んでくれるのだと言う。どこの誰かと名を尋ねても答えてはくれないが、その代わり、自分の胸元を指すような仕草を見せる。
幻の女、夢のひとだ。女というものは、触れたとたんに生臭い存在に早変わりしてしまうが、遠くで見つめているぶんにはいくらでも、想像の翼をはためかせ、美しい夢を紡いでゆける。
月の光の下で、陽炎のゆらめきの淡いの中で、夢のように微笑む彼女。それでいいのだと思うようになるまで、さして時間はかからなかった。
「……それからねぇ、こうして彼女を見つめるだけの毎日を過ごしてるってわけなんだよ。昼は暑くてかなわないけど、最近は夜になると涼しいし。何より彼女に会えれば、それだけで俺はもう、もうね……」
男の顎は尖って細い。からからに乾いた唇は半開きで、涎が糸を引いている。
足もとは裸足で、爪の先端まで真っ黒だ。
視線に気づくと、男は照れ笑いを浮かべた。
「――あァ……まぁね? 旅費がさすがに底を尽いたんで、ここんとこは野宿生活なんだけどもさ。でもいいんだ。彼女を見ることが出来るのは、どうやら俺だけだっていま分かったし。君、見られないのか。可哀想だなァ。ホントにきれいな女性なんだよ。夢みたいな……」
「傷心の旅先で、きれいな女性に出会って、彼女のために帰るに帰れなくなった。当然仕事も出来なくて無一文、野宿で靴さえ履けない生活」
ざざ……と、晴天のわりに荒れた高い波が押し寄せてくる。茹だるような暑さだが、浜辺で遊ぶ人影は無い。
「……そういうのをね、呪われてるって言うんですよ」
「へぇ?」
仰向いた男の顔は、緩みきった笑みだった。
どうですか、と揉み手で迎えられ、下駄履きにチャンチャンコの少年は、腕を組んだ。
「とり憑かれていますね」
「やっぱり、あの女に?」
「僕は幽霊のたぐいは得意じゃないので。でも彼は、長い黒髪に白いワンピースの女だと言ってますけど」
すると、その中年女は、着ていたサマードレスを膝のあたりでくちゃくちゃに握りしめた。
「黒髪じゃないんです。海に身を投げた時に、海草がびっしり頭のあたりに付いていたらしくって……白いワンピースは、そうだったと思います……ええ」
「彼は振られたと言ってますがね」
「そうとでも思い込まなけりゃ、耐えられなかったんでしょう」
若い男の母親だという女は、ううっ、と呻いて泣き出した。観光シーズンの過ぎ去った、九月の海辺。屋根の付いた古いバス停。
透かし見れば、だらだらと続く防波堤の向こうに、影に棲みつくような姿の男がうずくまって身を縮めている。
――夏に浮かれ騒いで、適当に引っかけた女に本気で入れあげられ、遊ぶこともままならなくなった男が、こっぴどく女を振った。まあ、よくある話だ。
女はあまり、容色の芳しくないタイプだったそうだ。男の母親は語りたがらないが、大方そのあたりを手ひどく責めたのに違いない。
……女は、男から罵倒されたその顔を、ナイフで滅多刺しにした挙句、この海岸から身を投げたそうな。
水死は出来なかった。身体が水没するその前に、防波堤のひとつに頭を割られ、それで逝った。
死亡推定時刻は月の明るく輝く晩、絶命した彼女の身体は防波堤の下に引き込まれ、海藻に抱かれていたという。
「それが去年の話なんです」
「彼は、今年のことのように言ってましたが?」
「記憶が混濁しているんですわ。去年、この海へ訪れたのは、あの子じゃなくて女の方です。一人ぶらぶらして、あげく勝手に自殺なんか」
おまけに、と、母親の顔は醜く歪む。微笑んでいれば、福々しい頬にえくぼの似合う、優しい女に見えるだろうに。
「死ぬ前に、予告メールを息子に寄越したりして。もうとっくに切れている間柄だったって言うのに……! 何だってあの子、そんなメールを真に受けて会いに行ったりしたのかしら」
それは彼女の死の原因を追求されれば、行き着く果てが自分なのは明らかだったからじゃないのかと少年は思ったが、あえて口には出さなかった。
「おかげであの女の死体を発見したのは、うちの子だったんですよ! それからどんどん様子がおかしくなっていって」
「自殺をほのめかすメールは、彼女の死後数日経ってから、彼の元へ届いたそうですね」
一度聞いた事実関係を再度確認してみると、母親はぶるっと大きく身震いをした。
「そう――そうなんです。あの女の携帯は、自殺した海中から一緒に発見されたはずなのに、息子は確かに同じ番号だって怯えて震えて」
夏の水死人は腐敗が早い。何かに導かれるようにして彼が彼女を発見した時には、色黒だった肌は青褪めてふやけて白く、茶色にすすけていた髪には真っ黒な藻が絡み付いて、さだめし別人に見えたはずだ。
しかし、と少年は首を傾げる。
「怪異は確かにあったかもしれませんけど、それだけでしょう。件の女は彼にしか見えやしない。まずは精神的な疾患を疑った方がいいのでは?」
「……うちの息子の頭がおかしくなったって言うんですか!?」
母親は真っ青になっていきり立つ。……おやおや、と少年は肩をすくめた。
「そんなこと、絶対にありません。とにかくそれから、息子は仕事にも行かなくなってしまって、クビになって……優秀な子でしたのに。ようやく外へ出る気になったと言うからお金をあげたら、またこんなところに! 幽霊にとり憑かれて、正常な判断が出来なくなっているんだわ。そうよ――あなただって、息子はとり憑かれているとさっき言ったじゃありませんか!」
そんな大切な息子の相談を、こんな得体の知れない子どもに預けにくるのだから、彼女の言う「正常な判断」とやらもたかが知れている、と彼は思う。
「僕は幽霊にとり憑かれていると言った覚えはありませんよ。強いて言えば、妄執のようなもの、と言いますか」
「息子が、あんな女に執着してるって言うんですの!?」
青褪めていた顔が、今度は真っ赤だ。死んでまで息子の恋人は気に喰わないのか。母親というのには空恐ろしい一面がある。
思わずくすりと笑ってしまった。女はそれをさっそく見咎める。
「――なんです?」
「失礼。……いえ、憑いているのが妄執にせよ霊にせよ、ですね。彼には相手は夢のような女なんだそうですよ。自分がさんざん容姿をけなして死なせた女をそんなふうに思うなんてね。面白……いや、不思議だなと思って」
とにかく、と母親は不服のあまり青黒くなった顔で、少年に訴える。
「あの子を何とかしてください。私がいくら声をかけても、まったく反応もしないんですもの。主人は仕事が忙しいなんて言って、私からもあの子からも逃げまわっている始末です。あなたも一度引き受けた仕事なら、最後まで責任は持ってくださらないと」
「そうは言ってもですねぇ……僕の専門は妖怪でして。人間の霊魂はちょっと……」
言いながら、少年は男の向こうの陽炎を見る。母親もつられたように視線を遣った。
――陽炎の中から、ぶよぶよとした、白い腕が伸びていた。
男は誘われたように立ち上がる。
食い込むような力強さで、男の身体に腕が巻きつく。
「あ」
少年と母親が、同時につぶやき、防波堤の林の中に男が消える。
どぼん、と水音がした。ごきり、と鈍い音もした。
……しかし悲鳴は一切無かった。
了
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ss by paradiso/矢月 水様
「あ」
…ってきたろおおおおおおっっ!!!????(と絶叫したのはきっと私だけではないはず)
男の妄執…そして男の母親の高慢さ…
生々しい人間描写に、幽霊よりもまず鬼太郎と母親のやりとりに固唾を呑んだ方も多いはず!
そして衝撃のラストっっ…! 何処までも背筋がぞくぞくするようなホラー作品でありながら、このユーモアのセンス! 矢月様、記念すべき第10回にふさわしい作品を有難うございますっっ!!
さあとうとう10越しました!(マンセー!!!!
残る一週間!!
まだまだ作品募集中です!!
この夏の締めくくりはミクロホラーで行きましょうぞっっ!!!ΣΣ0(≧∀≦)o